「脱同和利権」を掲げた市長選をたたかって 〜市連協結成30周年記念学習会講演要旨〜 |
| 広 原 盛 明 |

<目次>
1.なぜ京都市長選において
「同和利権」が選挙の争点にならなかったのか
2.同和行政終結への「逆噴射」
3.21世紀における同和地区の行方
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1.なぜ京都市長選において
「同和利権」が選挙の争点にならなかったのか
(1)市民意識の奥に潜むもの:
共感から反発そして批判へ
同和問題に関する京都の市民意識は、「同和問題の解決は国民的課題」とのスローガンに共感を示したかっての時代から、いまや「同和行政は同和利権の温床」と感じるまでに180度変化している。同和行政に対する市民意識はもはや「反発」の域を越えて「批判」のレベルに達しているといってよい。しかし、行政による同和利権の徹底的隠蔽とマスコミの「同和タブー」(「ハンナン事件」を契機にして最近は若干の変化が認められるが)によって、市民一人ひとりが同和利権(巨悪であれ個人的事件であれ)を明白な社会犯罪として認識するまでに至っていない。また「同和はこわい」という糾弾闘争時代の後遺症的な意識も市民の間に根強く残っている。要するに、同和団体(エセ団体も含めて)が同和行政を利用して利権漁りをやっているのは薄々(重々)承知しているが、これを告発したり公然と批判するところまではなかなか踏み切れない。これが現在の京都の平均的な市民感情であり、同和利権が市長選の政治争点になりきれなかった社会的背景だ。
だが、このような市民の心理状態をこのまま目をつぶって放置すれば、かっての部落差別意識が形と性格を変えて復活するおそれすらある、と私は考える。部落差別は部落住民・出身者に対する前近代的な身分差別であったが、それが現代的な「隔離意識」(セグリケーション:関わり合いたくないという社会意識)として転化・復活する可能性が充分あると思うからだ。この隔離意識は、ヤクザや暴力団などの「アウトロー集団」に対して市民が一般的に抱いている「セキュリティー意識」に近いものであり、とくに深い歴史的背景に根ざしているわけではないが、しかし同和利権が徹底的に解明されることなく(人権行政という名の)同和行政が今後も実質的に継続されていくなら、「同和行政=同和利権=同和地区」というイメージは覆いがたいものとして市民の間に浸透していくことは避けられない。そしてそのような事態はやがて同和地区に対する市民の新たな隔離意識に転化し、将来の社会的バリアーとして作用するおそれがあることを否定できないだろう。
(2)民主市政の会の葛藤:
躊躇と気遣いの狭間で
民主市政の会(の幹部)の中にも、同和利権は別にしても、同和行政は一部の問題(奨学金など)を除いて「もう終わった」とする基本認識が濃厚だ。その背景には、部落解放運動とりわけ全解連に対する深い気遣いがある。「巨悪の同和利権問題ならともかく、個人レベルのちょっとした不正行為は(それも過去のことなら)いまさらとやかく言っても仕方がない。いや言うのは却ってまずい」といった気配すら感じられる。この問題をたった一人で追求してきたフリージャーナリストの寺園敦史氏のように、同和行政に絡まる改良住宅の家賃滞納問題、不正入居問題、個人給付不正受給問題、同和補助金詐取問題等に関して徹底的に組織及び個人責任を問い、それを隠蔽したり回避したりするような場合は、解同であれ全解連であれ責任追求の手を緩めないような厳しい態度は取りきれていないのである。
しかしこのような態度を取りつづけることは、結局のところ同和地区住民の「自己責任」を曖昧にすることにつながり、近代的市民としての自立を妨げることになりかねない。また同和地区住民
であるがゆえに少々の不正は問わないということになれば、これは形を変えた一種の「差別的取扱い」だと言われても仕方がない。なぜなら、そのような態度は「同和地区住民は一般市民と違って自浄能力がない」と頭から決めてかかっているのと同じことを意味するからだ。
長年にわたって私が委員をつとめた神戸市住宅審議会においても、最大の難問は同和地区改良住宅の不正入居と家賃滞納問題だった。このときの審議で驚いたのは、解同の代表が「自分たちが家賃を滞納しているのは、それを指摘しなかった神戸市の責任だ」といった居直り発言を堂々と繰り返したことだった。私は「それでは犯罪を犯した者よりも犯罪行為を止めない者の方が悪いというのか」とその場で反論したが、しかしよく考えてみると、このような事態を20年も30年も放置してきた京都市や東大阪市などの場合は、行政自体も事実上の共犯関係(犯罪幇助)にあるとと見なされても仕方がない。
今回の市長選での同和利権に対する民主市政の会の態度や行動が、上記のような行政の責任放棄や不作為問題と同一視するつもりはまったくない。しかし、その奥に流れる部落運動に対する過剰なまでの気遣いや不正問題究明に対する躊躇と全く無関係かというと必ずしもそうではないような気がする。私を除いて同和利権を厳しく追求した弁士は数えるほどしかいなかったし、私自身もだんだんトーンダウンしていくことを避けられなかった。もうお互いに変な気遣いは止めて「悪いことは悪い。正しいことは正しい」と遠慮なく言い合うような関係にならなければ、いつまでも「内なる同和問題」を引きずっていくことになりかねない。
(3)マスコミの「同和タブー」:
同和問題と不正問題の意識的混同
マスコミの中にも同和利権・不正問題を大々的に取り上げると、真面目に働いている他の地区住民までが同一視されるおそれがあるので取り上げにくいという声がある。しかし果してそうだろうか。そういう口実で、実は同和利権・不正問題を真正面から取り上げようとしていないのが真相ではないのか。同和問題と不正問題を意識的に混同させ、結果として同和利権・不正問題の解明を妨げているだけではないのか。
混同してはならないのは、前近代的差別である部落問題の被害者は同和地区住民だったが、同和利権・不正問題の被害者は納税者たる市民だということだ。私たちの税金が同和団体や同和地区の一部住民によって不正にかすめ取られているのである。マスコミが同和利権・不正問題に関して沈黙することは、社会的犯罪の被害者である市民の立場に立たないで、加害者を事実上擁護しているのと同じことなのだ。
同和問題の解決は国民的課題であったが、同和利権・不正問題の解決はなによりも同和地区住民自身の課題だ。同和利権・不正問題が発覚した場合、真先に批判の声を上げ行動を起こさなければならないのは同和地区住民であり、同和団体でなければならないはずだ。それが同和補助金詐取事
件で明らかになったように、運動団体や同和地区の自治会幹部が全く自浄能力を欠如しているのでは何をか言わんやだ。こんな同和団体は解体して出直すか、きっぱりと解散する他はない。しかしこれからも問題隠蔽や責任回避の行動が続くようであれば、同和団体自体が「アウトロー集団」と同一視される日はそれほど遠くないといわなければならないだろう。
同和利権・不正問題を解決していく上で、マスコミの果たす役割は決定的に重要だ。私は、数年前に東大阪市の同和行政を抜本的に見直すために設けられた専門委員のひとりだった。だがその報告書の公表に際して、マスコミ各社の取った態度は信じられないほど酷いものだった。報告書では、同和地区改良住宅の不正入居や家賃滞納問題が極致に達していることの指摘に加えて、解同が一般地区住民(在日外国人までを含めて)を「同和関係者」として改良住宅に入居させ、個人給付事業の対象にまでして組織維持を図っている実態を「同和地区再生産システム」として批判した。だがしかし、東大阪市役所の記者クラブはこの内容を完全に黙殺したし、また大阪本社の態度も同様
だった。
今回の京都市長選挙は「争点のない選挙」だとマスコミは評した。とんでもない話しである。京都市政をめぐる構造的かつ最大の争点が、同和利権・不正問題であることは誰もが知っている。「社会の木鐸」であるはずのマスコミが掘り下げて争点にしないだけの話しなのだ。そしてこのようなマスコミの態度が同和団体をのさばらせ、市民意識を萎縮させているのである。

2.同和行政終結への「逆噴射」
(1)同和地区の発展的解消こそが最終目標
21世紀には部落問題を持ち越さず、同和地区を普通の地域にすることが同和行政の基本目標であり最終目標であるとするなら、同和行政の終結は名実ともに同和地区の発展的解消を導くものでなければならないだろう。言い換えるなら、同和行政が終結しても同和地区が依然として存続している、あるいは新しい形での同和地区が再生産されているようでは、それは何よりも同和行政終結の基本趣旨にもとるものといわなければならない。だが京都市においては、同和地区の発展的解消を目指す政策目標が現在においてもまだ明確な姿をあらわしているとは言い難いし、また同和地区住民自身が必ずしもその目標を明確に共有しているとも思えない。
それどころか、同和行政を「人権行政」という名で制度的に存続させ、同和利権の温床を恒常的に維持しようとする策動が性懲りもなく繰り返されている。同和問題を解消するためには同和行政と同和地区を維持しなければならない、という自己矛盾に満ちた主張が罷り通っているのだ。これでは同和行政の完全終結への「逆噴射」以外のなにものでもないではないか。
(2)決定的誤りだった「属地属人主義」
同和事業とりわけ改良事業は、これまで部落差別を解決するための最重要施策だった。これは部落差別が歴史的には身分・職業・居住地に関する三位一体の差別であるとされ、劣悪な地区環境の存続が差別解消を妨げる主たる原因であったためである。したがって、同和地区の住宅・環境を改良することは、1)地区住民の「健康で文化的な最低限の住生活」を実現し(憲法第25条)、2)一般地区と相互移転・交流を促す「居住・移転の自由」を保障し(憲法第22条)、3)同和地区の一般地区化すなわち部落の解消を図り「改善された部落を再生産しない」(同対審答申調査報告)という同和行政の基本目標に合致していた。
しかし京都市においては、同和事業が部落出身者でありかつ同和地区居住者に限って実施される「属地属人主義」を原則とするものであったため、同和地区が固定的に再生産され、「改善された部落」が存続するという状況がいまなお続いている。一般地区との相互交流に基づく「居住・移転の自由」の視点が同和行政においても部落運動においても決定的に欠落し、行政目標も運動目標も属地属人主義に基づく居住環境改善事業へと一路傾斜してきたのである。これは部落差別の解消という「目的」と居住環境の改良という「手段」を取り違えた決定的な誤りだった。
このような事態が生じる基本的背景はなにか。それは行政面における「属地属人主義」と運動面における「部落排外主義」が「メダルの裏表」という一体的関係にあったからだ。例えば、京都市最大の同和地区とされる崇神地区は在日外国人を含めた「混住化」が最も進んだ地域だが、改良住宅をはじめとする各種の同和事業の対象はこれまで部落出身者だけに限定されてきた。差別解消を掲げて闘ってきたはずの部落解放運動が、同じような被差別状況にある在日外国人の惨状に対してなぜ心の苦しみや身体の痛みをを共有できなかったのか。自分たちだけが対象になる同和事業・改良事業に対してなぜ運動上や政策面での矛盾を感じなかったのか。ここに部落出身者によって主導(独占)される部落運動の歴史的な弱点と限界がある。そしてその必然的な結果として、同和問題を解決していく上での基本的視点すなわち「何人も公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」(憲法第22条)への著しい無関心と軽視がある。
(3)歪められた要求運動・行政闘争
部落運動がまた「オールロマンス事件」を契機として要求運動・行政闘争至上主義の形態をとったことも、行政闘争がエスカレートするにつれて、部落運動が次第に「物取り主義」へと堕落していく決定的な原因となった。「もらえる物はもらっておけ」「とれる物はとっておけ」といった風潮が同和地区全体に蔓延するのは、それほど時間はかからなかった。こうして構成員個人の主体形成をともなわない行政闘争の大々的な展開は、同和地区住民が個々の自己研鑽を通して普通の市民へ成長していく道を切り開くというよりは、「楽して儲ける」式の同和利権・不正への道につながる可能性を拡大することになった。
近代プロレタリアートを生み出した社会的規律労働からもともと疎外され、不安定就労と貧困生活の底辺に喘いでいた部落住民の生活様式は、これまでは日常的かつ計画的に生活向上のための努力を積み重ねるようなライフスタイルからは程遠いものだった。そのような日常生活の延長上で一挙に展開された要求運動・行政闘争は、一方では生活向上による飛躍的な主体意識・人格の形成を生み出す個人的契機ともなったが、他方では主体形成のともなわない行政依存体質を常態化させる集団的背景ともなった。そして糾弾絡みの「要求するだけで参加しない」行政闘争スタイルの部落運動の浸透は、同和事業・改良事業の家父長的性格(おんぶに抱っこ式の上からの恩恵的・庇護的施策)や役人の事勿れ主義とも相まって、行政闘争がエスカレートすればするほど、ますます地区住民の行政依存体質を深刻化させるという悪循環に陥っていったのである。
30年以上にわたって同和地区に投入された京都市の同和事業費は3千億円を上回る。市民一人当たりにすれば、一般地区の数十倍から百倍という巨額の予算が投入されてきたことになる。しかしその成果としてハードな居住環境は整備されたものの、同和地区住民の文化的・社会的低位性という「負の遺産」がどれだけ克服されたかというと、それは解同関係者自身が認めるごとくほとんど成功していないといってよい。むしろ親世代から子ども世代へと受け継がれ、再生産されているのが現状だ。なぜなら、文化的・社会的低位性という「負の遺産」を克服していくのは決して行政闘争や団体交渉ではなく、個人ひとり一人の主体性確立とそれに基づく自覚と日常的な努力にまつ他はないからだ。「真面目に働いて生活の向上と人格の陶冶をはかる」といったごく普通の市民的価値観と生活様式が地区全体に定着することなくして、同和地区住民の「負の遺産」の克服はあり得ないのである。

3.21世紀における同和地区の行方
(1)同和地区の3つの道
21世紀、これから同和地区はどのように変貌していくのであろうか。私は同和地区の行方として3つの道があると考えている。第1が地区住民の混住化と主体形成(市民意識の涵養、ライフスタイルの改善)を通して部落解消にいたる道、第2が「固定・改善された部落」として地区衰退にいたる道、第3が地区住民の生活破壊・コミュニティ破壊を背景とした「アウトロー地区」への変貌の道である。
(2)同和地区の発展的解消の道
この方向は、いうまでもなく同和問題と同和地区の解消につながる発展的将来への道である。憲法第22条が保障する「居住・移転の自由」の原則の下で地区内外住民の相互交流と相互理解が自然発生的に進み、一定期間にわたって地区全体が普通の地域へ着実に変化していくという漸進的な道である。属地属人主義の「呪縛」から部落運動・同和行政を解き放ち、住民が同和地区から出ていく自由と入ってくる自由をともに保障する道である。
この自然な流れを助長するためには、「居住・移転の自由」を妨げるような一切の部落運動や同和行政を名実ともに終結させること、そしてこれまでの同和地区住民だけの組織や運動をいったん解散し、周辺地域・住民を含めた「まちづくり運動」として発展させることが大前提となる。部落運動団体や同和関係団体だけが特別扱いされ、同和地区内に閉じられている現在の同和行政・人権行政を一掃し、周辺地域を含めて普通の町内会・自治会として支援するような方向に切り換えることが求められる。
そのためにはいったい何からはじめるのか。まず第1に、過去の制度的遺産ともいうべき改良住宅や同和地区施設の管理システムを抜本的に変革しなければならない。改良住宅の一般公募化や地区施設の一般利用化が大前提であることはいうまでもないが、空家化した改良住宅を一括して民間賃貸住宅や学生寮として払い下げるとか、改良住宅の除却跡地を民間分譲住宅・賃貸住宅用地として払い下げるなどの思い切った措置も必要だ。そして市職員による各種施設の過剰なまでの管理体制を同和行政から抜本的に切り離すため、徹底した民営化・NPO化の方向を探ることも考えなければならない。
しかし留意すべきは、民営化・NPO化といっても現在の同和地区内の公衆浴場経営のように、同和団体が独占する公益法人に年間6億円を超える予算を注ぎ込むような事態は論外だ。運動団体主導のNPO法人による地区施設の一元的管理など、同和利権の温床を拡大する以外の何物でもない「百害あって一利なし」の方策である。さらにいえば、「部落解放基本法」制定運動の一環であり、各自治体での「差別撤廃・人権確立のための条例・宣言」制定運動を具体化するための「人権のまちづくり」などは、解同主導の部落支配を「人権のまちづくり」と称して新たに建て直そうとする策動そのものであろう。居住地の選択が基本的人権である以上、「人権のまちづくり」と称して居住・移転の自由を妨げることほど自己矛盾に満ちた方針はない。要するに部落問題の解決とは、地区内外の住民交流と移転を通して同和地区が普通の地域になっていく道程を進めることであり、その基本認識と原則を踏み外さなければ間違いないのである。
(3)同和地区固定化の衰退の道
同和地区の将来をめぐる第2の道は、属地属人行政を踏襲して同和地区を固定化し、「改善された部落」として衰退に導く道である。現在の京都市の同和行政がそのまま踏襲されるときは、同和地区の沈殿空洞化と衰退化への道は避けられない。なぜなら、最近の同和地区の人口減少傾向がなによりもそのことをリアルに物語っているからだ。
ここ10年近くにわたって、京都市では同和地区人口の激減傾向が続いている。市内12地区の平均人口減少率は35%、最高は崇神地区の48%である。実に同和地区人口の1/3以上がこの10年足らずの間に消えてしまったことになる。しかも転出しているのは学齢期の子どもを抱えた30代から40代のファミリー層が中心だ。同和地区にこのまま居住して同和教育に安住していたのでは、「子どもの教育と人格養成に確信が持てない」のがその最大の理由だという。同和地区における文化的・社会的低位性の再生産メカニズムを断ち切るためには、同和地区住民自身が地区を出る他はないと考えているのである。加えて、運動団体のリーダー層が多数転出しているのも最近の顕著な傾向だ。「部落住民としてのアイデンティティを確立しよう」との旗印を掲げてきたはずの運動団体の指導層が、いまや相次いで同和地区から離脱しているのである。
この現象をいったいどのように解釈すればよいのか。それは「居住・移転の自由」を保障する憲法22条を無視し、属地属人主義を踏襲してきた京都市の同和行政と部落運動がいまや完全に破綻しているということだ。居住地の選択は「足による住民投票」だともいわれる。住民がどこに住むかを選択することは、その地域がどれだけ住民のニーズに応えているかを示すバロメーターなのである。だから住民の転出が相次ぐような地区、住民が離脱していくような地区のこれからの未来がないことは明白だ。昨今の同和地区の激しい人口減少は、なによりもこの冷厳な事実を余すところなく示しているのである。
にもかかわらず京都市内の同和地区では、改良住宅の建て替えによる「住民参加のまちづくり」が進められようとしている。子育て世代の転出によって一段と高齢化した地区住民に対して、それに対応する高齢者住宅あるいは2世帯住宅を供給しようというのである。これはまさに「改善された部落」のセカンド・バージョンであり、同和地区の再生産そのものだ。しかし最初の改良事業と決定的に異なるのは、そこでの住民は高齢者中心にならざるを得ず、地区全体の沈殿空洞化と衰退化が仮借無く進んでいくということだ。同和地区の固定化を前提とする改良事業は、ハードな居住環境改善事業であってもソフトな文化・社会環境を実現できないがゆえに、転出した若者層や子育て世代を呼び戻すことはきわめて困難だからである。
かくしてこの道は、人権行政という名の同和行政によって何から何まで支えられなければならない衰退地区と化し、「通い」の運動団体リーダーが部落住民のアイデンティティを叫ぶ最後の拠点となっていく他はないだろう。
(3)「アウトロー地区」への道
同和地区の将来をめぐる第3の道は、地区住民の家庭・コミュニティ破壊を背景にした「アウトロー地区」への道である。私がこの可能性をはじめて指摘したのは、東大阪市の同和行政を再検討する専門委員会の席上だった。同市の同和地区においては、同和地区人口の減少が同和行政の見直しにつながることを恐れた解同幹部の手によって、解同への加盟を条件に一般地区住民を「部落出身者」として認定して同和事業を維持しようとする仕組みが機能していた。そして新しく認定された「部落出身者」の中には、少なくないヤクザや暴力団メンバーが含まれていたのである。
この事態は、部落問題の解決を目的とするはずの運動団体が、同和行政による利権を維持するためには、部落出身者を「偽装」してまで部落を維持しようとすることを示している。京都市の同和地区においては改良住宅の不正入居実態が解明されていないので確定的なことはわからないが、このような事態と類似した状況がないとは完全に否定仕切れないところが深刻だ。そして今後、属地属人主義に基づく同和地区の衰退化が一段と加速していく状況の下で、同和行政・同和利権を維持しようとする一部の運動団体や同和団体がこのような方向をたどる可能性も否定できない。
いま日本社会は住民階層の分極化の方向へ急速に傾斜しつつある。職場での激しいリストラや年金制度など社会保障基盤の切り崩しによって、都市下層住民が次第に厚みを増し、路上生活者(ホームレス)も激増している。京都市が管理しているはずの改良住宅が住所不定の人たちに又貸し(賃貸し)されているという噂もある。もしそのような噂が事実であり、そして改良住宅の管理が実質的にアウトロー集団の手にわたっていくようなことにでもなれば、同和地区が文字通りの「アウトロー地区」に変貌していく日は案外早いかも知れないのである。
おわりに
同和行政がスタートしてから約40年、いま京都市では半世紀に近い同和事業の徹底的検証とそれに基づく歴史的な政策転換が求められている。それは同和地区住民が「同和行政の罠」から抜け出すためにも、京都市民が同和利権を追放して市政を抜本的に転換する上でも避けて通れない道である。この小論が「脱同和利権・脱同和行政」のきっかけになれば幸いである。
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