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渡辺菊眞(京都CDL運営委員長)

 京都CDLは2001年4月に発足した。それから3年が過ぎ、現在4年目の半ばである。「京都に関心がある」ということのみが参加者の共通了解であり、逆に言えば、かなりばらばらなベクトルをもった連中(研究分野からしても、工学部建築学科、家政学部、芸術学部、産業社会学部、、というようにかなり多様であった)が、集まったことになる。こんな中で、活動の主体である運営委員(学生連合)の実践から、「CDL活動4本柱」ともいえる、このグループ独自の極めてユニークな調査法や表現法が編み出されてきた。「秋季リーグ」「京都断面調査」「京都地区ビデオコンテスト」「京都げのむ刊行」である。

 ここでは、この4本の柱が産み出された過程と、この活動実践の様相、そしてそれらから、今後どのような可能性が導かれるのかについて記してみたい。

 京都CDL設立当初、このグループを運営していこうとしたときに何が一番の障害であったかというと、これは意外にも「まちづくり」ということ、そして「京都らしさ」ということであった。先に述べたように、参加者の面々は多様な専門分野の所属であり、それゆえ、ひとつの方向性で活動方針を決めるわけにはいかなかった。そこで、最初に設定した活動は、「各自の担当地区で、1年に最低1日は調査をしてください」「1年に1回は集合して、その成果を競いあいましょう」といった非常にラフなものだった。この、1年に一度の発表大会が「秋季リーグ」なのであるが、この開催までもいろいろな問題が発生した。

 まず、活動に関して決まった方向性が明示されないことに対する「苛立ち」の発生である。つまり、「我々は「まちづくり」支援団体なのだから、すぐさまコミュニティに入り込んで、ヒヤリングを行い、住民とともに問題を解決すべきだ」という極めて正当的な意見が提示されるのではあるが、この意見には「まちづくり」とは「絶対こうだ」として、その他の在り方はまるで許容しない、ある種のファシズムが見えた。また「ヒヤリング」するにしても、当方が何を問題にするか、そしてどのようなビジョンがあるのかは、留保されているのもまずいと感じた。   

 次に何を調査の主対象にするかであるが、これも主体の多様性から容易に決定できるものではなかった。しかしここでは、「町家」などのとにかく「京都らしい」対象を中心に据えるべきだという意見が主流であった。「京都らしい」とは「いったい何か」ということはまるで問われないままに。

 このような事態は「まちづくり」活動において、そして京都を舞台にする活動においては、極めて普通の事態なのかもしれない。しかし、京都には、もっとさまざまな問題が、さまざまな地区に、いろいろな在り方で潜伏していることを、知り、それを凝視していこうとして設立した当グループとしては、これは深刻な問題であった。

 そこで、当面の京都CDLの目標としては、「京都らしい」ということを疑い、その正体を掴むこと、そしてそれを掴んだうえで、京都に散らばる各チーム担当地区も虚心坦懐に観察していくこと、とした。これは具体的実践には、遠いものではあったが、この段階をクリアしないことには先には進めないという思いがあった。

 一つ目の目標である「京都らしい」を疑うということであるが、このためには、それが可能になる「都市の見方」を編み出す必要がある。そして提示された調査法が「京都断面調査」である。「京都断面調査」とは、京都盆地(!)を縦断/横断/斜断する細長い帯状領域(京都都市断面)を調査対象地とし、その軸に沿って移動しながらさまざまな都市要素(地蔵堂、自販機、植栽、女子高生など、、、)の分布様態を調べるというものであり、2001年度は四条通を軸に東端の八坂神社から西端の松尾大社まで盆地横断した。また2002年度は鴨川を軸に下鴨神社から川が桂川と合流する伏見区までを南下(盆地縦断)し、さらに2003年度には古代平安京の東北角から西南角を結ぶ都
城対角線を斜断した。  

 この調査の大きな特徴は京都の地区ごとの「まとまり」をあえて考慮せず、むしろ地区の繋がりを無視したかのような調査対象領域を設定していることである。この、一見珍妙にも見える領域設定こそが、「京都」という「まとまり」に対していだいてしまいがちな、先入観・固定観念を不能にさせるための措置なのである。要するに「京都」が「京都らしく」見えなくなるような都市観察法なのだ。2001年度2002年度には上記のような都市要素に加え「京都らしい」と思うものを見つけてプロットするという項目を設けていたが、これも調査開始直後には「町家」「すだれ」などをプロットしていたが、その後繁華街に現れる「一部和風なビル」や強迫観念のように貼り付けられた格子デザインなどの出現、はたまた、それとはまるで無関係なネオン街の白日の風景、薄暗いけれども緑したたる路地内の廃墟寸前の家、そして調査半ばから唐突にあれわれる大工場や田園風景。こういったものが地区を貫通するようなコース上で立ち現れてきたとき、いままで漠然と描いていた「京都」、そして「京都らしさ」というものが非常に根拠薄弱であり、「何が本当の京都なのだろう」ということを再考せざるえなくなった。
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