前書き
この講演録は、いまからほぼ1年前の2004年9月6日、「女性研究者の会・京都」の夏期合宿研究会での私の講演の記録を起こしていただいたものです。「女性研究者の会・京都」は古い歴史を持っています。設立は1964年、京都大学の女子大学院生が中心になって、女性研究者の地位向上と相互連携のために立ち上げた運動組織です。発足当初は、「京都婦人研究者連絡会」(婦研連)といっていました。おそらく日本の女性研究者運動としては「草分け的存在」と言えるでしょう。
なぜ私がこの会と関係があるかといいますと、当時は大学院生の研究生活が保障されておらず(現在も変わりませんが)、京都大学では若手研究者の研究生活の改善のために活発な大学院生運動が全学的に展開されていました。その過程で知り合ったのが、物理学・農学・薬学・経済学・心理学などを学ぶ多くの女子大学院生でした。私は当時建築学科の男子大学院生でしたが、結婚している女子大学院生たちの保育所設置運動に協力して、医学部の構内に全国でも最初の大学保育所が出来た時の設計図らしきものも書きました。以降、重宝な実用的存在として現在までもお付き合いをいただいているというわけです。
今回の夏季合宿研究会で私を呼んでいただいたのは、やはり市長選がきっかけです。私のマニフェストや演説を聞いて、同年配の人たち(すでに各大学の名誉教授クラス)が若い女性研究者に一度話をする機会を与えてやろうと企画していただいたのです。そのときにいただいたテーマが「現場主義の研究者として」というものでした。彼女たちが私をそのような目で見ていたことをこのとき初めて知り、「理論家でありたい」と思って研究を続けてきた私は、率直に言ってショックを受けました。なぜなら、研究者の世界では「現場主義」という言葉は「街頭主義」という言葉が連想されるように、必ずしもプラスイメージではなかったからです。学問の世界では過去も現在もやはり「講壇アカデミズム」の影響が強いからです。
そこで私は、現場主義の意味を私の研究生活を通して話してみようと思い立ちました。プラグマティックな解釈ではなく、大げさに言えば「時代と学問」、「社会と研究」の関係性を問うようなつもりで話してみようと思ったのです。副題に「私はなぜ、すまいとまちづくりの研究を志したか」と付けたのはそのためです。自分の成育環境や時代背景も含めてできるだけ客観的に話したつもりです。ひょっとすると、研究を通しての「自分史」だと言えるのかもしれません。
このテープ起こしをしていただいた事務局の工藤春代さん(若手の農学研究者)には本当にお世話になりました。この方の努力なしには、この講演録は日の目を見ませんでした。心から敬意と感謝の意を表します。ありがとうございました。
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