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現場主義の研究者として
〜私はなぜ、すまいとまちづくりの研究を志したか〜 |
| 広 原 盛 明 |
4-2 少子高齢化に基づく若年社会から高齢社会への移行にともなう課題
それから二番目は、少子高齢化問題です。高齢化社会になると、都市やすまいの構造を変えなければいけないということをだんだん痛感するようになってきました。まだバリアフリーの法律ができる前の東京の地下鉄には、ほとんど高齢者は乗っていません。特に都営地下鉄は営団地下鉄のあとにできましたから、神田の神保町で高島平の方に行く地下鉄に乗ると、ビルの六階か七階分ぐらい歩いて降りないといけないわけです。それから先ほどふれました団地でも、かつては子どもの問題が主流でしたが今は高齢者問題になっているように、問題の質が都市の生活のナカミに移り、そしてそのナカミが同時に高齢化と結びついているという、二重の変化が起こっています。
例えば高齢者の生活圏を調べてみるととても狭いのです。高齢者は、一日一〇〇メートルや二〇〇メートルの圏内で暮らしていたり、場合によっては一歩も外に出なかったり、ということもあります。孤独死もよく起こります。これをどう見るかというと、その高齢者が孤立して生活しているのに、まったく人的交流がないわけです。本来は、例えば新聞がたまるとか、牛乳をとっている場合もそうですが、何らかのサインが出ますね。でもそのようなサインが出ても誰も訪ねて行かないわけです。このような社会問題は高度成長期にはほとんどなかったわけです。みんな地方から出てきて、若くて、子育て期で、そして所得倍増で、生活が近代化し、成長していった時代です。今、子どもがいなくて年寄りだけが増えて孤独に死んでいくというのは、都市の様子や問題が一変したということですね。
ですから、これから何をまちづくりの研究としてしなければならないかというのは、現在既に出来上がったまちを、どうやって維持し改善していくかという問題です。どうやって孤独死が発生しないような、あるいは子どもの拉致事件が発生しないようなまちにするかという問題です。実際、今、東京でも関西でもそうですが、どんどん郊外開発を進めていったところは、その先端部で一斉に立ち枯れ現象が起こっています。例えば、常磐線沿線などでは、東京首都圏の人口はこれから永遠に増え続けるということで、宅地化していったのですが、全然売れず、そこに先に移転してきた人たちが孤立しているわけです。そうすると、当初建つ予定だった病院は建たないし、バスもなくなり、店も引き上げてしまい、言わば過疎地帯のような状態が起こっています。そこで土地もひどく値下がりします。そうすると、高いローンを出して土地を買い、郊外生活を楽しみにしていた人たちは全部あてが外れてしまい、引き上げたくても、引き上げるためには家を売らないといけないのですが売れないわけです。動くに動けず、また高齢化が進んでいくわけです。ですから、これからは都市が成長型から収縮過程に入り、その収縮過程の中で、既存のまちを維持しながらどうやって都市を支えていくかという課題に変わっていきます。
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