3 建築・住宅への関心の芽生え
3-1 建築家という職能の魅力と期待
次に、建築や住宅への関心です。なぜこういう領域を選んだかということですが、さきほど言いましたように一つには部落問題がありますが、そのような社会的関心だけで建築を選んだのではなく、少しミーハー的な要素もありました。それは建築の持っているかっこよさ、それも芸術的なかっこよさだけではなくて、私の場合、社会と技術と芸術をある意味で統合しているような領域が魅力的だと映りました。高等学校のときに、どういう領域を選ぶかというときの話ですが、私の村などで第一に言われたのは「京大に行ったら赤くなるからアカン」ということでした。その頃、天皇が京大に来る予定だったのに学生たちが反対して天皇の視察を拒んだという事件があって、それが大々的に新聞に載ったのです。それを見た私の村人から、京大に行ったら必ず赤くなるからやめろと言われました。それから、高等学校の先生に言われたのは、文学部の人にすみませんが、文学部に行ったら永久に就職できないからやめろというわけです。ですから、理工系に行けば赤くならないからまあいいだろう、というようなことで、理工系の中でも、文化的で社会的なこともやれるというのはどこかということで建築学科にしました。
日本の建築学科は欧米と比べると非常に特色があります。欧米では、デザインとエンジニアリングが完全に分離しています。ですから建築家はデザイナーの領域で、構造や設備といったことはやりません。専らアーキテクトで社会的なステータスも非常に高いのです。医者と弁護士と建築家というのは昔から三大プロフェッションです。そしてエンジニアというのは、構造力学や材料力学などで完全に教育体系が別です。ところが日本は、工部大学校(東京大学)に、最初に出来たのは造家学科(家を造る学科という名前が建築学科の前身です)です。日本の場合、欧米先進諸国に追いつけ追い越せというために、そのような高度な専門分化をすれば、建築物を建てるというきわめて具体的な技術課題に対して対応できない。ですから最初から、デザインと技術を総合した学科を創ったわけです。デザインのことを意匠というのですが、意匠、歴史、構造、材料の四つぐらいが講座の最初です。その伝統を専門学校も、東大に続く国立大学も受け継ぎ、技術系と芸術系・デザイン系が一緒にやるというのがいまだもって続いています。高度成長期にはデザインと技術を分けようなどと言われながら決着が付かず、最近では分けると技術系には誰も来ない。デザインにぶらさがって技術系がなんとか生徒集めをしているという状況です。
ですから先ほど言いましたように、文学もだめ、法律も面白くなさそう、医学もカエルの解剖でも卒倒するので、医者も弁護士もだめで、残るところ建築ということで行ったのです。しかし行ってみると、構造などというものは数学の世界、デザインはやはり天性のもので、上手な人はすぐに分かります。数学の世界もだめ、芸術の世界も自分はだめ、となると、結局残ったのは西山先生のやっておられた社会問題です。不良住宅地区問題や都市問題は、もともと私が持っていた関心とぴったり合うわけです。ですから望んでいきました。
建築は当時から三〇人の定員のうち女子学生が一人か二人で、僕らの学年はいないのですが。今は三割ぐらいじゃないでしょうか。他の一般的な建築学科の場合の割合を聞きますと、女性が過半数を占めているとところが多いですね。しかも上位を全部女性が独占するそうです。女性が建築を選びたいという社会的な―技術的な要素もありますが、小さな建築事務所でやっていけるという結構な条件があります。大組織のなかで細切れになってしまうとか、端っこで使われるのではなくて、小なりといえども自分が事務所を構えて、自分の思うような仕事をきちんとやっていけるという条件が一定程度あるわけです。ですから、女性にとって建築学科は工学部の中では今も一番の人気学科ですね。最近では女性が最も活躍している分野ではないでしょうか。世界的にも有名な女性建築家がたくさん出てきています。もちろん、地べたを這っているような女性たちもたくさんいます。特に、少子高齢社会に対応して、住宅の作り方やまちのあり方を全面的に変えなければいけない時代に来ていますから、女性に向いた分野だと思います。しかも、女性の高齢者が最後まで残りますから。
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