|
|
 |
| 広 原 盛
明(京都CDLコミッショナー) |
はじめに
京都をめぐるまちづくり情勢がいま再び風雲急を告げている。京都はこれまで幾度となく歴史的危機に遭遇してきた。第2次世界大戦の戦禍を免れたのは本当に「奇跡」としかいう他はなかったし、1960年代から70年代にかけての大気汚染や川の汚れなど公害問題も相当深刻だった。80年代のバブル時代に荒れ狂った地上げと土地投機は、都心から住民を駆逐して、市街地の空洞化を決定的なものにした。例えば、都心の人口減少・児童数の激減にともなう小学校の統廃合がその後の周辺の市街地環境にどれほど深い傷跡を与えているかは、私たちが日々実感するところだ。そして21世紀初頭の現在、政府が指定する「都市再生特区」においては、再開発の障害となる用途地域や容積率、日照制限など都市計画規制をすべて除外して、民間事業者が自由に再開発事業ができる「都市再生特別措置法」が成立した。京都でもこれからいよいよ本格的な都市改造が始まろうとする準備が整ったのだ。

1.
都心の小学校廃校がもたらしたもの
丸善の近くの木屋町通り沿いに、立誠小学校という都心の小学校がある(あった)。残念ながら廃校になってしまったが、その途端に周辺一帯がピンクサロンで覆い尽くされるという凄まじい破目になった。木屋町の風情と京都の情緒がズタズタに切り裂かれてしまったのである。これまでにこのような事態が起こらなかったのは、小学校の存在によって特殊風俗営業の進出が規制されていたからだ(風俗営業法第28条によって、店舗型性風俗特殊営業は一団地の官公庁施設、学校、図書館、児童福祉施設などの周囲200メートル以内での営業が禁止されている)。小学校が単なる公共施設ではなく、地域コミュニティの核であり結節点であることはよく知られているが、都心商業地域の土地利用と建築用途に対してこれほど大きな影響を与えていたとは、誰も気づかなかった。学校はまさに地域社会と地域環境の守護神だったのである。
本来であれば、市民や行政は都心居住の維持のために全力を尽くすべきであった。学校存続のために万全の対策を追求すべきだった。そして、たとえ廃校が止むを得ない事態に立ち至ったとしても、それが周辺地域一帯にどのような変化を引き起こすかについて事前に調査し、予測し、図書館や児童福祉施設などへの転用も含めて次善の策を講じるべきだった。だが意識的か無意識的かは別にして、このような行動は表には出なかった。また私自身も含めて専門家の声も小さかった。その後、廃校になった小学校が若い芸術家たちの活動の場に提供されていることは喜ばしいが、まちづくりに果たす学校の戦略的重要性を充分に認識できなかったことは、今になっても悔やまれてならない。小学校の廃校は、結果として木屋町という京都有数の歴史的・伝統的空間を乱暴にもピンクサロンに売り渡してしまったのである。

2.
京都の市電をまもる運動の歴史的意味
そういえば、これも悔やまれて仕方のないもう一つの歴史的な出来事がある。いまから30年ほど前、1960年代後半から70年代半ばにかけての約10年間、京都中を巻き込んで争われた「京都の市電をまもる運動」のことだ。京都市が自動車時代の都市計画の一貫として「市電全廃」を打ち出し、日本で最も整備されていた路面電車ネットワークが次から次へと撤去され始めた。折しも高度経済成長にともなう公害問題が空前の社会問題と化し、京都でも大気汚染と交通渋滞が日ごとに激化していた。この大気汚染の原因となる交通渋滞を解消するため、市電を撤去して自動車の流れをよくするというのが市の言い分だった。
クリーンエネルギーで走る省エネの市電を大気汚染の元凶であるディーゼルバスやガソリン車になぜ替えるのか、限られた道路空間・公共空間を私的交通手段のマイカーになぜ譲り渡すのか、「発想が本末転倒ではないか」と多くの心ある市民が怒った。美しい京都の町並み・風景を眺められる市電こそ京都にふさわしい乗物だ(地下鉄では外の景色を見られない)、市電はお年寄りもや子どもにも行先がよくわかり、路上から少しの段差で安心して乗り降りできる市民の足だ、市電は「人と環境にやさしい乗物」なのだと、私たちはヨーロッパの路面電車を紹介しながら主張した。そこでは、現在LRT(ライト・レール・トランジット:
軽快路面電車)の優れた性能として強調されている特質は、30年前においてすでに悉く解明されていたのである。
この市民運動に対して、学者・文化人と称する人たちが珍しく機敏に反応した。私も「市電をまもる会」の事務局長として10年近く運動に奔走した。ちょうど神戸空港建設反対の市民運動のように、市電全廃の是非を問う条例制定直接請求運動が提起され、20数万人に達する賛同署名が集まった。しかし、結果は「全廃」だった。ただ少しでも慰められることがあるとすれば、それは京都の運動が当時同じように市電廃止を検討していた熊本・鹿児島・札幌などの他都市に次々と波及し、各都市が市電存続の方向へと大胆に政策転換したことだろう。
京都はいま、地球気候温暖化防止のために「京都議定書」を世界に先駆けて実践しなければならない格別の使命を負っている。もし京都市が当時の市民の要請に応えて市電存続に踏み切り、自動車交通をコントロールする方向へ政策転換していれば、京都はドイツのフライブルグやフランスのストラスブールのように疑いもなく日本・世界の「環境首都」としての名誉ある地位を獲得していたに違いない。最近では京都商工会議所の提案でLRT導入の動きが始まったと聞くが、当時の圧倒的な市民の反対を押し切って市電廃止を強行した当局・議会・交通労組の関係者たちは、いまどのような思いでいるのであろう(余談だが、今年の7月7日(日)の午前10時15分から30分間、ドキュメンタリー番組『市電よ軽やかに走れ』がNHK大阪放送局から放映される。30年前の私たち市民運動の1年間にわたる密着取材の記録である)。

3.
京都の都市景観の再生に関する日本建築学会提言をどう活かすか
この3月、日本建築学会が4年間にわたる特別研究委員会の成果として「京都の都市景観の再生に関する提言」を発表した。提言によれば、京都という都市の存在は日本文化の象徴であり、世界遺産として登録されている歴史的建造物が17ケ所もあること、伝統的建造物保存地区や京都三山・鴨川・桂川などの美しい自然と都市が一体になった景観を擁していること、歴史的にはすべて木造建築で築かれた都市であったこと、伝統的な生活文化がなお息づいていることなど、「京都は世界の歴史都市の中でもきわめて貴重な存在として認められる人類の至宝」と位置づけている。
にもかかわらず、京都はせっかく戦災を免れたのに、「第2次世界大戦後、不燃化・道路交通の近代化のために大きく破壊され続けただけでなく、ごく近年では高層マンション・高層ホテル・巨大商業施設・広告・立体駐車場などの建設や自動車交通の増大による変貌が加速している。このため、貴重な価値を有する京都の景観はいま重大な危機に瀕している」と言わざるを得なくなったのである。
京都の都市景観再生に関する建築学会提言は以下の通りだ。第1は、全国画一的な都市計画法や建築基準法、各種税制等が京都の景観破壊の重大な要因の一つになっているとの認識から、京都に特別に適用される京都景観・環境都市特別措置法(仮称)制定と財政優遇措置など「ナショナルプロジェクトとしての京都都市景観再生事業の推進」。第2は、京都の景観を「景観都市・環境都市」という21世紀都市ビジョンの先取り形態として受け止め、これを創造的に再生するために「京都らしい都市景観のデザイン原理」の解明。第3は、都市景観を人々の生活文化の表出として把握する視点から、京都の生活文化の特質である自然との共生、職住共存の賑わい、非日常的な祝祭における都市の演出など、四季折々の風情のある居住様式を継承するに必要な「都市景観を育む生活・文化の継承と教育」。第4は、都市景観を破壊するスクラップ・アンド・ビルドを基本とする現代建設技術偏重を改め、自然共生や修復再生が基調の伝統建築技術を再評価する「都市景観を支える技術の継承と開発」。第5は、都市景観デザインの基本プロセスが市民生活を通しての世代間の受渡しによって支えられていることを確認し、市民を都市デザインの主体として位置づける「市民のイニシャチブを活かした都市景観デザインの推進」。第6は、以上のような京都の都市景観再生に継続的に取り組む特別機関としての「京都景観研究センターの新設」。第7は、京都の都心部で現在進行している大規模高層建築の乱立を食い止めるための、ダウンゾーニング、用途地域の指定替え、高さ規制の変更など「急速に進む景観・環境破壊に対する緊急提言」である。
京都の現状を憂いる全国の建築学者たちがこのような提言を明らかにしたことは、もはや京都の都市景観が危機的状況にあることを物語っている。京都の都市景観の危機はすなわち京都そのものの危機に他ならない。だが、京都市は本当にそのことを認識しているのだろうか。
京都市には「建築紛争調停条例」なるものがある。高層マンションなどの建築確認申請をめぐって発生する紛争を、建築主と地域住民の間に立ってよりよい解決方法を見出すために調停する条例だ。具体的には弁護士・建築専門家・消費者運動家などからなる3人1組が調停チームをつくり、地元からの要請があれば出動することになっている。及ばずながら、私もその調停委員の一員だった。だが10年近く委員を務めたが、調停に乗り出したことは1件もない。地元からの要請がなかったわけではないのに、である。大問題となったあの俵屋旅館横のマンション建設をはじめとして、実際は建設現場の周辺住民から訴えが相次いでいた。しかし条例には、建築する側と周辺住民の「両者」が同意しなければ調停はしないと書かれている。考えてもみたい。周辺住民と紛争を引き起こすような建築主は、建築基準法に照らして「合法」でさえあれば、建築審査会で強行突破を図ることはあっても、設計変更と工期延長につながるような調停など依頼するはずがないではないか。だからこそこのような「ザル法」ならぬ「ザル条例」をそのままにしていては、京都市が建築紛争に本気で取り組む姿勢がないと判断されても仕方がないのである。

4.
小泉構造改革に基づく都市再生特別措置法の登場
ところが、建築学会が「京都景観・環境都市特別措置法」の制定を求める提言を発表した直後の3月29日、国会ではこの趣旨とはまったく逆方向の「都市再生特別措置法」が小泉構造改革の一環として成立した。法案の提案理由説明には、「都市の再生を図り、その魅力と国際競争力を高めることが、わが国の経済構造改革の一環として重要な課題であるが、このためには民間に存在する資金やノウハウなどの民間の力を引き出し、それを都市に振り向け、さらに新たな需要を喚起することが不可欠」「都市の再生の拠点となる地域に集中的、戦略的に民間の力を振り向ける特別の措置を講じることにより、都市の再生を強力に推進」とある。
この法律は10年間の時限立法で、政府の都市再生本部(本部長小泉首相)が全国の主要都市で計画されている再開発事業の中から「都市再生緊急整備地域」(都市再生特区)を指定し、特区内では再開発の障害となる用途地域や容積率、日照制限など都市計画規制をすべて除外して、地権者の3分の2以上の同意が得られることを条件に、民間事業者が自由に都市計画を提案できる権限を付与したものだ。そしてこの提案を受けた都道府県や指定都市は6カ月以内に都市計画決定することを義務づけられる。いわば政府の指示によって都市計画法・建築基準法の「超法規地域」が創出され、民間事業者が「自由に」再開発事業を推進できることになったのである。
だが、問題はこれだけにとどまらない。この時限立法と連動して恒久立法である都市再開発法と建築基準法の一部が改正され、とりわけ建築基準法の「改正」では容積率、建ぺい率、日影制限、斜線制限の大幅な規制緩和が実施されることになった。具体的には、容積率は中高層住居専用地域では300%から500%へ、商業地域では1000%から1300%へ、建ぺい率は第1種住居専用地域で60%から80%へ、日影制限は低層住居専用地域以外では2階窓を想定した日影測定面高さ4メートルを3階窓を想定した6.5メートルへ(2階以下は日照が確保されない)、斜線制限と同程度の採光等を確保した場合には道路斜線制限を適用除外などなどである。
これらの都市再生特別措置法の制定や都市再開発法・建築基準法の改正が、今後京都にどのような影響をもたらすかは想像に難くないだろう。現行規制ですら建築学会が指摘するように大規模な景観破壊・環境破壊が進行しているのに、まだこれ以上の規制緩和を推進しようというのである。「都市再生特区」が京都で指定された場合はもとより、建築基準法の規制緩和の影響も非常に深刻だ。全国一率の規制緩和をもたらすこの法律改正は、まるでコンピューターウイルスのように京都の市街地を無差別に襲う危険性をはらんでいる。高層建築・高層マンションの乱立にさらなる拍車がかかる可能性があるからである。

おわりに
京都は確かに美しい都市だと思う。新幹線に乗れば「そうだ、京都行こう」とJR東海のポスターが呼びかけてくるし、日曜日の朝はNHKで「とびっきり京都」という魅力的な番組も毎週放映されている。京都のそんなイメージが多くの日本人の心をかき立てるのであろう、いまでも京都フアンの人は少なくない。だが幾多の歴史的試練を乗り越えてきた京都も今度ばかりは危ない、というのが偽らざる実感ではないか。建築学会が警告するように、京都はこのままでは崩壊の瀬戸際に直面しているといっても過言ではあるまい。
欧州共同体(EU)では、日本がバブル経済に狂奔していた1980年代後半から「サステイナブル・シティ」(維持可能な都市づくり)を一貫して追求してきた。そして「サステイナビリティ」という概念は90年代を通してEUの政策の根幹をなすものとして発展してきた。1998年にEU地域政策総局から出された『欧州共同体におけるサステイナブルな都市の発展ー行動のフレームワーク』はその到達点であり、(1)経済的繁栄と雇用の強化、(2)平等、社会的インクルージョン、再生の促進、(3)都市環境の保全と改善ー地域と地球のサステイナビリティを目指して、(4)良好な都市のガバナンスと地域のエンパワーメントへの寄与、という4つのフレームワークに基づいて、24の行動を提起している。そこには経済・社会・環境の持続的発展を通して地域社会の活性化を図るという揺るぎない都市戦略が確立しているのである。
EUの都市戦略文書とわが国の都市再生特別措置法案提案理由を読み比べてみると、彼我の差は絶望的にまで大きい。しかし都市づくりのイニシャチブが市民にある以上、私たち京都市民は現実から逃避するわけにはいかない。21世紀初頭の10年間を都市再生特別措置法とともに過ごす覚悟はもうみんな出来たであろうか。(本稿は、京都CDL機関紙・『京都げのむ』、第2号、2002年6月刊行の巻頭論文として掲載されています)。
|
 |
|
|