5.「まちづくりの日常化」が意味するもの
現在のまちづくりの到達点は「まちづくりの日常化」です。その意味するところは、日常化したまちづくりはかってのように必ずしも政治的問題意識に基づくものでもないし、また社会的使命を背負ったものでもないが、客観的には明らかに都市を市民・住民の手に取り戻していく歴史的な運動だということです。かっては「お上」のやることとして市民・住民は都市計画から徹底的に疎外されていたのが、現在は自分たちが関わる「ごく当たり前のこと」として把握されているところに、まちづくりをめぐる歴史的な前進を確認できると思うのです。
そうなると、まちづくりをもっぱら「政治的課題」や「社会的イッシュー(争点)」の文脈で捉えてきたこれまでの地域革新運動と日常化したまちづくりとの間には、テーマ感覚の上でも行動スタイルの点でもだんだん「ズレ」が生じてきます。いわゆる「大衆的感覚からの遊離」です。これでは地域革新運動が若者、住民グループ、ボランティア団体などを引きつけられないのは当然です。どうすればよいのでしょうか。
私の提案は、「まちづくりの日常化」に対しては「地域革新運動の日常化」で応じることが必要なのではないかということです。具体的にいえば、まちづくりを通して日常的な人間関係・社会関係を地域の中で構築していくことです。冒頭で「まち」はハードな生活空間とソフトな地域社会・コミュニティの統一体だといいましたが、これまでハードな問題意識だけで捉えていた「まち」をもう一度ソフトなコミュニティの文脈で捉え直すということです。ハードな問題の政治的解決のために地域社会の組織化が必要だという「目的と手段」の考え方から、地域における人間関係の構築や地域コミュニティ形成の契機としてハードな問題を位置付けるという逆転の発想です。極端にいえば、ハードなまちづくりの問題はそう簡単に解決できなくても、問題に対する取り組みを通して地域革新運動と連帯する社会的なネットワークやコミュニティが形成されれば、まちづくりとしては成功だという考え方です。
みなさんの豊富な経験を通して率直な意見を聞かせて下さい。