まちづくりの到達点と地域革新運動 全5P
広 原 盛 明
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  本稿は、今年3月に左京区で講演したときのレジュメです。左京区は京都市長選挙で唯一、私が現職候補に勝ったところです。その市長選で私を応援してくれた人々が集まって、これからのまちづくりと地域革新運動の関係について考えるシンポジウムを開いてくれました。参加された方々は仕事も年齢も多様なのでできるだけ平易に話すことを心がけましたが、果たして意が通じたかどうか、未だもって確信がありません。その当時は、レジュメをもっとバージョンアップしてからと考えていたのですが、どんどん時間が経過していくので、とりあえず掲載します。

目次
1.まちづくりとは
2.「まちのイメージ」
3.まちづくりへの参加
4.まちづくりの主体
5.「まちづくりの日常化」が意味するもの
 
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1.まちづくりとは
  「まちづくり」という言葉がいつ頃から使われ始めたかについて、若い研究者の都市計画学会の研究発表があります。それによると、言葉それ自体はすでに戦後間もない頃から社会学の領域で出てくるそうですが、明確な意図と意味づけを持って使われ始めるのは、やはり1960年代(昭和30年代後半)の公害反対運動や地域開発反対運動など住民運動や市民運動の中からだそうです。私はこの発表を聞いて、当時、自分が住宅と都市計画の研究を始めたばかりの若い大学院生だったこと、そして建築学会の研究発表で「まちづくり」という言葉を盛んに使っていたことを懐かしく思い出しました。

  草創当初の「まちづくり」という言葉は、どちらかといえば関東地方よりはむしろ関西地方で、理論研究よりは主としてフィールドワーク研究の分野で、そして年配の研究者よりは若い研究者の間でより積極的に使われていたような記憶があります。しかし、これは決して偶然のことではなく、それなりの意図と背景があったのです。当時、若手研究者の間ではわが国の都市計画の理念や手法に対する疑問が大きく、「都市計画」という言葉をそのまま肯定的に使うことに対しては抵抗感があり、それに代わる言葉が真剣に探し求められていました。だから、「まちづくり」という言葉は自然に生まれたのではなく、既成の都市計画の対抗概念として意識的に生み出されのだと私は思っています。