広 原 盛 明
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2.震災復興法がないわけ
 
  このことと関わって第2の論点に移ろう。それは、わが国の災害時の法制度は「災害救助法」や「災害対策基本法」などはあるが、被災者や被災地の生活再建や生活復興に関する「災害復興法」が完全に欠落しているということだ。

  災害救助法は1946年南海地震の翌年の1947年に制定された。しかしその趣旨は「(第1条)この法律は、災害に際して、国が地方公共団体、日本赤十字社その他の団体及び国民の協力の下に、応急的に必要な救助を行い、災害にかかった者の保護と社会の秩序の保全を図ることを目的とする」とあるように、あくまでも被災者の応急救助と被災地の社会秩序の保全が目的であって、当初から被災者の生活復興対策は全く考慮されていない。災害救助法が関東大震災当時の騒乱状態を念頭に置いてつくられた「災害治安維持法」だといわれる所以だ。だからこの法律では避難所は1週間以内の開設しか予定されていないし、応急仮設住宅の規模や設備は文字通り住むにたえない「仮小屋」程度の水準でしかない。救助の種類の中に「生業に必要な資金、器具又は資料の給与又は貸与」という項目もあるが、施行令や施行細則では事実上死文化していて適用されていない。

  また1958年の伊勢湾台風を契機にして災害予防や復旧を含めた総合立法の必要性が強く指摘されたが、1961年に成立した災害対策基本法は災害発生後の防災会議や災害対策本部などの組織と運営に関する項目が中心で、復旧・復興対策は公共インフラ施設の再建に限定された。どこを探しても被災者の生活再建や復興まちづくりの視点は出てこないのだ。目立つのは「災害治安維持法」の発想に連なる国家視点からの被災地危機管理体制に関する項目だけである。

  それから30有余年後、阪神・淡路大震災が勃発して膨大な建物や住宅が倒壊し、多数の痛ましい犠牲者が出た。そしてその後の生活再建・住宅再建に対する被災者や支援者たちの血の滲むような努力と運動の積み重ねの中で、やっと「被災者生活再建支援法」(議員立法)が1998年に成立した。だが当初の国の生活支援金は最高100万円というスズメの涙のような額に過ぎず、政府は住宅再建支援を「個人財産の形成に税金は使えない」との理屈でいまだ頑なに拒み続けている。片山鳥取県知事の英断によって地方自治体レベルでは住宅再建支援制度が実現した現在においてもそうである。つまり災害は稀にしか来ないし、来たとしても国が応急対応した後は被災者の自力再建・自力復興に任せればよいとの考え方が未だに続いているわけだ。まさに「天災は忘れた頃にやってくる」のであり、国民は「喉元過ぎれば災害を忘れる」と考えているのである。