広 原 盛 明
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4.観光バスの水没事故が物語るもの

  今回の台風23号による京都府北部の被災状況は、国道175号線の観光バス水没事故で否応なくクローズアップされた。だが、地元の人たちがあのニュースのことを語るときの表情は複雑だ。マスメディアの目があそこだけに注がれて、同時刻に死ぬ思いで避難していた周辺住民のことはなにひとつ報道されなかったとの想いがあるのである。私は、昨年11月末に『ねっとわーく京都』の編集スタッフと一緒に水没現場にも行ってみたが、平野部の真中を走る幹線道路(国道175号線)があの深さまで冠水していたとはまったく信じられなかった。現場に立ってみると、街路樹のはるか上部にひもが括り付けられている。バス乗客の一人が街路樹にしがみついて竹竿を縛ったあのひもだ。バスが流されなかったのは車体がちょうど街路樹の間に挟まれるような位置にいたからだとのことだが、それにしても何人かが必死になって竹竿を握って話さなかった頑張りには本当に驚かされた。

  バス水没事故とその周辺状況は、今回の京都府北部に発生した大水害の本質を余すところなく物語っている。まずバス水没問題だが、各紙は、その原因のひとつとして国土交通省の由良川洪水警報ファクスを京都府中丹東土木事務所(職員数80人、綾部市)が見逃し、道路封鎖などの緊急対応が遅れたことを挙って指摘している。見逃していなければ果たして適当な対応が取れたかどうかは意見のわかれるところだが、警報ファクスが放置されていたことは間違いない。だが、この事実は余りにも重い。それは、京都府の防災体制の基本にかかわる問題点(欠陥)がそこに凝縮されていると思うからだ。

  京都府は昨年5月に地方機関の大幅な広域再編を行った。現在、京都府が強力に推進している市町村合併を睨んでの先取り的対応だろう。そのとき府内12カ所の総合庁舎に置かれていた土木事務所は7所1支所に統合された。それまで由良川流域を担当していたのは舞鶴土木事務所(職員数47人)だ。だが、再編後は中丹東土木事務所(綾部市)へ大半の職員が異動となり、舞鶴市には駐在所職員として僅か6人が残されるのみとなった。駐在所の機能は「見回り」と「連絡」だけである。「指示」もできないし「判断・決定」の権限も与えられていない。文字通りの駐在機能でしかない。

  私たちは現場で複数の関係者からヒアリング調査をしたが、例えば今回の場合、6人の駐在所体制では事務所詰めの2人を除くと4ヵ所(1人1ヵ所として)しか同時対応できないという。また1回出動すれば1時間は帰れない。駐在所の不備を補う措置として各所の土木業者へ応援を求めることも想定されていたが、業者自身が被災し道路が寸断されているような状況のもとではそれもままならなかった。道路冠水、山崩れ、河川決壊、倒木、土砂流出などが同時多発し、駐在所にひっきりなしに出動を求める電話がかかる状況のもとで、この小人数体制でどうして対応できるというのか。

  事態は、阪神・淡路大震災で被災地各所で火災が同時多発した状況と酷似している。消防署には火災通報や消火出動を求める要請が殺到したが、消防車が足りない、消防職員が足りない、現場に到着しても消火栓がない、あっても水が出ない等々、現場では完全に「お手上げ状態」のまま市街地が炎上するのを放置する他はなかったのである。

  結論的にいえば、京都府の地方機関や土木事務所の広域再編がやはり裏目に出たということだ。防災は初動体制が決定的に重要だ。できるだけ現場に近いところで情報を収集して総合的に判断し対応するのが鉄則である。まして由良川は昔から「暴れ川」として有名な河川だった。周辺地域は戦後だけでも災害救助法が数度にわたり発令されている災害危険地域である。その実態を軽視(無視)してただ職員の数合わせだけの広域再編が行われたところに、そもそも「ボタンの掛け違い」があったというべきだろう。