本稿は、雑誌『ねっとわーく京都』(2005年2月号)に掲載されたものです。同誌は京都市職労が中心になって1990年に創刊したユニークな市民向けの情報誌で、すでに通巻193号を数えています。今回はNPO法人に認証され、今後ますますの発展が期待されている雑誌です。実は、私のホームページ運営委員会もこの事務所をお借りして開かれています。編集長の宮内さんが運営委員会の一員になっていただいているからです。そんなご縁もあって、今回の「特集・災害の現場から京都は何を学ぶのか」の巻頭論文として本稿を書きました。執筆にあたっては、宮内さんらに舞鶴市や大江町の災害現場に連れていっていただきました。バス水没現場に立って街路樹を見上げたとき、バス乗客が必死の思いで括り付けた紐を発見して息を飲んだ記憶が蘇ってきます。
そしてその記憶も生々しい昨年の暮に、今度はスマトラ沖で途方もない大地震と大津波が発生しました。その被害状況は1月6日現在で被災者数500万人、犠牲者数は少なくとも15万人に達しています。これからさらに被害調査が進めば、どれぐらいの被災者や犠牲者が増えるか予測がつかないほどの未曾有の大災害です。それに飲み水など衛生状態の悪化によって、地震や津波の犠牲者数に匹敵するほどの伝染病感染者が出る恐れがあるとも警告されています。一刻も早く世界各国からの救援活動が待たれるところです。
私は、不覚にも「津波」という日本語が「TSUNAMI」という英語になっているとは知りませんでした。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が小説の中で津波のことを書いたのが、そのまま英語になったのとことです。日本は古くからそれほど津波災害に悩まされてきたのでしょう。しかし、今回は事情が一変しました。衛星放送の国際ニュースを見ても、各国のトップニュースのほとんどが「TSUNAMI」関連です。新聞記事も同様で、被災状況はもとより時々刻々と各国の救援活動の模様を伝えています。
その中で最も印象的だったのは、1月3日付け朝日新聞の外岡秀俊ヨーロッパ総局長のコメントでした。外岡さんは10年前の阪神・淡路大震災を取材して『地震と社会、上・下』(みすず書房)という本を書いた優れたジャーナリストです。その中には私の著書も引用されています。彼はチエルノブイリ原発事故が(世界の)環境観を、牛海綿状脳症(BSE)が食意識を一変させたように、今回の大地震・大津波災害はヨーロッパの安全保障観を根底から変えるだろうと書いています。鋭い指摘です。ソ連のチエルノブイリ原発事故は、原発エネルギーへの幻想を打ち砕きました。スウェーデンやドイツで原発廃止の政策決定が出るのはそれからです。BSEの発覚は日本国民にとっても衝撃的な事件でした。アメリカ牛肉の輸入が禁止され、吉野家の牛丼が姿を消したのは記憶に新しいところです。食の安全性に対する不安が今ほど広がっているときはありません。そして今回の世界のリゾート地での大災害です。テロだけに目が向いていた国際世論は一変しました。また経済活動や観光行動が世界規模で展開しているとき、自国の安全保障政策だけでは国民の生命を守れないことも明らかになりました。今回の犠牲者の大半はインドネシア、スリランカ、タイなどの震源地を取り囲むインド洋沿岸各国の人たちですが、太陽を求めてリゾート地に来ていたスウェーデン、ドイツ、イギリスなど北ヨーロッパ諸国の人たちも千人単位で行方不明になっているのが大きな特徴です。人口が千万人にも満たない小国・スウェーデンの行方不明者が2千人を超えているのですから、その衝撃の大きさは想像を絶するものがあるといえるでしょう。
だから、各国の災害援助活動も活発です。日本が5億ドルの緊急援助額を表明したのをはじめ、ドイツ・オーストラリアが日本を超える援助額を上積みし、スウェーデン・ノルウェー・イタリアなども一億ドル前後の援助額を表明しています。しかしこれに対して、いちばん面目を失ったのはアメリカでしょう。地震発生当時、テキサスの牧場で休暇を取っていたブッシュ大統領は72時間にわたってなんの動きも見せませんでした。日本の水産高校実習船がアメリカの原潜によって沈没させられたとき、当時の森首相がゴルフを止めなかったことが命取りになったのですが、その比ではありません。その間、アメリカ政府は1500万ドルの援助を表明しますが、これは国連担当者をはじめ国内マスコミからも「ケチ」という厳しい批判を浴びました。そこで3500万ドルへ慌てて上積みしたのですが、これがまたスウェーデンの援助額よりも少ないとわかって、漸く3億5千万ドルにしたのです。イラク戦争でアメリカが使った戦費はすでに1200億ドルに達しています。その0.01パーセント程度の援助しか思いつかなかったところに、アメリカの災害援助の素顔があらわれているといえましょう。
しかしながら、その後のアメリカの行動は素早く展開しました。空母や艦艇20隻余りを派遣し、兵士1万3千人近くを災害救助に従事させるというのです。「お金より人だ」とでもいうのでしょうか。これに呼応してか、日本の自衛隊1200人の派遣も決定されました。でも私にはそれが決して偶然の出来事だとは思えません。いまアメリカ軍は、海外基地の統廃合をともなう地球規模での軍事力の再編に着手しているのですが、その将来の重点地域が「不安定の弧」の中心部であるインドネシアなのです。これは外岡さんも指摘しています。だから「災害援助」という名目で、あるいは災害援助活動に便乗して軍事的戦略地域をくまなく調査できるということは、アメリカにとっての千載一遇のチャンスなのかも知れません。防衛庁幹部が「アメリカ軍と協力して災害援助に当たる」と強調していることも、おそらくそのことを意味しているのでしょう。
地震や津波は自然現象です。しかしそれがどのような災害になってあらわれるかは、その国や地域の社会現象として把握しなければなりません。そして災害救助活動については政治現象として見る視点も重要です。人命を救い、瓦礫を片付け、飲み水を浄化するのはまさしく人道援助活動そのものですが、しかし軍隊が出動して救助活動に当たるときは、それが軍事行動の一環であるということを見逃すわけにはいきません。アメリカ軍と日本自衛隊がいったいどのような行動を取るのか、これから私たち国民の鋭い監視が求められるといえるでしょう。大変前置きが長くなりましたが、以下が本文です。
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全6P
1.はじめに〜問題の本質と核心はなにか
2.メダルの裏表〜阪神・淡路大震災と中山間地域大水害
3.阪神・淡路大震災復興計画からの教訓
4.観光バスの水没事故が物語るもの
5.合併後の周辺町村は棄てられる
6.自治体の使命は住民の生命と暮らしを守ることだ