年末も近くなった。12月を「師走」とはよく言ったもので、相変わらずの東奔西走の日々が続いている。でも最近になって気づくことは、自分の精神モードが確実に変化して徐々に元の生活に戻りつつあるということだ。この変化の根源はいったいなにかと考えてみたら、龍谷大学で後期(9月以降)から学部学生たちのゼミを担当することになった影響がどうも大きいようだ。
龍谷大学では2回生後期から本格的なゼミが始まり、これが4回生の前期まで継続する。2年間にわたって小人数ゼミが続くシステムになっているわけだ。それに法学部政治学科の場合、もうひとつの特徴として2回生と3回生の合同ゼミだということがある。最近の傾向として、学生たちの学年を超えた交流が少なくなってきているだけに、この合同ゼミ方式はなかなか味のある制度だと思う。もちろん学生たちの関心をもつテーマが変わることも多いし、また先生との相性がうまくいくかどうかということも重要な要素なので(あるいは決定的かも知れない)、3回生のときにゼミの入れ替わりも相当発生する。しかし継続する場合は、学生たちと先生の人間関係は深くなるので、かってのマスプロ教育時代には想像もできなかったような師弟関係が生まれることもめずらしくない。
それから政治系ゼミのもうひとつの大きな特徴に、学生たちのゼミナール連合会が毎年12月に開催する「ゼミ合同討論会」がある。この討論会は、学生たちにとっても先生たちにとってもある意味では学年最大のイベントだといえるかも知れない。ゼミ全体で発表テーマを討議し、調査研究し、レジュメをつくり、パワーポイントを用意し、発表や質疑応答の役割を分担し、ゼミ相互で発表を競うのである。
今回、私は一時大学生活を中断した後でのゼミ担当なので(市長選出馬のために昨年10月末で辞職)、新しく入ってきたゼミ生20名のうち約半数が3回生だ。だから彼らはどこかのゼミを経て、私のゼミにやってきたというわけだ。彼/彼女らがゼミを選択するときに参考にするのが、先生たちの書くゼミ紹介である。私は「ふるさとのまちづくり」を研究テーマにすると書いた。学生たちにもう一度自分のふるさとを見つめなおしてほしいとかねがね思っていたからだ。学生たちが提出したゼミ志望理由にも確かそんな趣旨に共感して選択したと書いてあった。
そんなことでゼミを9月末からはじめたが、私の目論見は最初からつまづいた。「自分のふるさと」を研究テーマにするのだから、私は学生たちが一人ひとり独立して調査研究に取り組む覚悟だと思っていたら実はそうではなかった。「どうしてよいかわからない」というのである。しかし、よく考えてみれば無理もない。2回生・3回生といえばわずか20歳になったばかりの青年ではないか。ついこの間までは高校生をやっていた若者たちに、最初から広範な知識と総合的な判断力が求められる「まちづくり研究」をやらせること自体が無謀というものだ。だからこの方針は潔く撤回して、まず「まちづくり」なるものの実態を勉強しようということになった。
このことと関連して、私はまたゼミ討論会への参加も今年は無理だと考えていた。まず第1にまったく時間がない。わずか3カ月足らずの期間でいったい何ができるというのか。それに学生たちが各々自分のテーマを追求する以上、これを集約してゼミ全体の発表としてまとめることなど到底不可能だ。ところが、この方針についても学生たちから強い異議が出された。「みんなで出よう」というのである。正直言ってこの申し出には驚いた。まちづくりを知らないがゆえの発言だと思った。でも、その意気たるや歓迎すべきことではないのか。いまどきの学生がこんな積極的な姿勢を持っていること自体がめずらしい。私はその場で彼/彼女らの意見に同意した。
しかし、それからが大変だ。一口にまちづくりと言っても、その内容や性格は千差万別である。それに外から見えるものと時間をかけて見たり聞いたりしないとわからないものがある。おまけに「ズブの素人」の学生たちなのでほとんど予備知識もない。短期間の学習で何を獲得目標とするのかを慎重に考えなければ、学生たちの折角の学習意欲に対して冷水をかけることにもなりかねない。私の結論は、「まちづくりへの動機づけ」を獲得目標にしようというものだった。それには学生たちを熱い想いを持ったまちづくりのリーダーに会わせることが一番だと思った。昔から「まちづくりはひとづくり」だといわれてきた。優れたまちづくり実践の背景には、必ず魅力あふれるリーダーの存在がある。多様な意見や利害関係をもつ住民たちをまとめていける資質と能力を持ったリーダーなくして、まちづくりは一刻も継続できない。かくして私が30有余年にわたって付き合っている神戸市長田区真野地区の宮西・清水両氏、京都府美山町の小馬氏のところへ彼/彼女らを連れて行くことになった。
結果は大成功だった。学生たちが両地域のまちづくりの内容をどれだけ理解できたかは別にして、まちづくりに懸けるリーダーたちの熱意や想いが伝わったことだけは間違いない。この日から彼/彼女らの表情が変わった。ゼミ討論会に向けての凄まじいばかりの取り組みがスタートしたのである。学生たちは美山町に的をしぼり、資料を読み、インターネットでデータを集め、自分たちでアンケート調査票をつくって現地で突撃インタビューを試みた。そしてゼミでは毎回レジュメを提出し、その都度、飛躍的に中身をバージョンアップさせていった。また同時に他ゼミと模擬討論をやって自らの弱点を客観的に把握し、指摘された問題点や矛盾をどのように克服するかについても真剣に討論を積み重ねた。
私がすべてのプロセスを見ていたわけではない。むしろ意識的に距離を置いていた、といった方が正確だろう。それはゼミの先輩後輩のタテの人間関係が非常に効果的に機能し、3回生のリーダーシップと2回生の実務作業がうまくかみ合っていたことを知っていたからだ。それに数回のゼミを通して、彼/彼女らが一旦思い込んだことは、私の指摘や助言にもかかわらずなかなか受け付けしようとしないこともよく知っていた。自分たちが討論し、苦労して到達した結論をそう簡単に変えるわけにはいかないというプライドもあるだろうし、また私の意見を受け入れるに必要な知識や経験がまだまだ不足しているということもあるだろう。彼/彼女らが自ら納得して誤りを正そうとしない限り、それはそれで次の機会をまつ他はないのである。
昨日の日曜日、朝から夜までぶっ通しでゼミ討論会が開かれた。各ゼミの発表時間は25分、指定された他ゼミの集中質問の持ち時間が15分、フロアーからの一般質問が5分、合計45分が一つのゼミの発表に割かれる。これが6ゼミ連続で実施され、最後に教員6名と6ゼミ(学生グループ)の審査結果の積み上げによって優秀発表が決定される仕組みだ。これまでの実績では長年の蓄積のあるゼミがほとんど上位を独占してきた。今回も下馬評はそうだった。ひそかにわがゼミを「ダークホース」だと思っていたのは私ぐらいのものだろう。学生たち自身もそうだった。「中位狙い」といっていたぐらいだ。
だが、結果は大番狂わせだった。競馬でいえば「大穴」が出たのである。並み居る強豪ゼミを抜き去って最優秀賞(第1位)を獲得したのはなんとわがゼミだった。学生たちが飛び上がって喜んだのはいうまでもない。年末のコンパを兼ねた祝勝会は深夜まで及んだ。それにしても彼/彼女らの体力は驚異的だ。この1週間はほとんど徹夜同然なのに、昨夜の盛り上がりは半端なものではなかった。私自身は彼/彼女らから元気をもらうと同時に、エネルギーの最後の一滴まで吸い取られる有様だった。学生たちのこの爆発的なエネルギーを持続可能(サステイナブル)なものに転換していくためにはどうすればよいか。こんなことを考えながら深夜の帰途についた。なお以下の文章は、ゼミでの私のメモである。
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