11月24日:大阪市長選、京都市長選の混迷(大連立騒動の波紋、その5)
大阪市長選で民主党候補が当選した余波が、それに引き続く大阪府知事選や京都市長選など一連の首長選挙にもじわじわと広がってきている。国会での大連立騒動(策動)が一時封印されたというか、地下に潜ったというか、目下、一応沈静化しているにもかかわらずである。
わけても見苦しいまでに目に余るのが、太田大阪府知事の右往左往振りだろう。日頃から自民・公明に知事選への推薦を要請しておきながら、大阪市長選挙中は完全にダンマリを決め込み、いざ自公に対立する民主党候補が当選するやいなや、選挙事務所に駆けつけて当選の万歳に加わるという離れ業を見せる有様なのだ。さすがの自民・公明陣営からも、「節操がない」との声が上がる始末である。
もともと太田氏が大阪府知事選に出る話など、以前から地元では全くなかった。ところが横山ノック前知事が前代未聞のセクハラ事件を起こしたことから、「女だからまさかセクハラは起こさないだろう」といった程度のことで、公明党から突如担ぎ出されたのが彼女だったのである。だから彼女には(過去も現在も)大阪をどう建て直すかといった政策などあろうはずがない。とにかく支持母体を掻き集められるだけ集めて、来年1月の知事選に臨むことだけが至上命題になっているのである。
ところがここにきて、中小企業主の私的な集まりで法外な講演料(事実上の賄賂)をもらっていたというスキャンダルが発覚した。聞くところによれば、彼女の出馬に反対している与党の一部から系統的に情報がリークされているのだという。大阪市長選とよく似た構図である。関市長の出馬に難色を示す与党会派が橋爪氏に接触したのと同じように、知事選でも別の候補者探しが水面下で始まっていて、その前哨戦として太田氏に関する醜聞情報が目下盛んに振りまかれているというわけだ。
太田知事というのは醜聞の絶えない人物である。一般的には、「女性知事だから清潔だ」というイメージがあるが、彼女の場合はそんなイメージからはほど遠いといわなければならない。それどころか数々の醜聞事件に絡んできたという点では、決して男性知事に引けを取らないだけの「実績」がある。「同和食肉業界の帝王」といわれた浅田ハンナン元社長との縁も深く、彼の自邸である「同和食肉御殿」にわざわざ招かれて豪華接待を受け、おまけに10キロを超える最高級の牛肉をお土産にもらって嬉々として帰った、といわれる程度の人物なのである。
世に「大連立」というと、政策を異にする2大政党が当面する危機的な政治状況を打開するために、政策課題をめぐって協議し、政策遂行のために政治的連携を組むことだとされている。しかしこれまで京阪神地域の知事選や市長選で定番となってきたのは、「大連立」というよりは「オール与党体制」だった。自民・民主・公明など各党には、日頃からおよそ政策上の違いや対立点はほとんどみられない。ただうまい汁を吸うために、与党会派になることだけを至上目的とする大連立(大野合)だったからである。
おまけに京都では、社民党までが知事選や京都市長選ではオール与党体制に加わっているという念の入れようだ。国の基本である憲法政策が改憲と護憲というように真っ向から対立しているというのに、京都の社民党はいとも簡単に自公民勢力と野合してきた。彼らを束ねているのは、部落解放同盟(解同)の利権を守るという「太い絆」なのである。
したがってオール与党体制の下での選挙公約はごく大まかな抽象的なもので、それに合わせて各党の政策のすり合わせが適当に行われたにすぎない。また各党の国政上の政策が異なるときは、選挙公約としては棚上げするか、「国政と地方政治は違う」という便利極まりない言い回しで誤魔化せばよかった。こんな田舎芝居のような言い草が罷り通ってきた(有権者が騙されてきた)こと自体が、日本国民の政治水準の低さや後進性をあらわすものに他ならないが、その田舎芝居を今回も飽くことなく上演しようというのが、来年2月の京都市長選なのである。
11月21日の京都新聞夕刊の報道に始まり、翌22日の各紙朝刊で一斉に報じられたのは、民主党京都府連が京都市教育長の門川氏に出馬要請をしたというニュースだった。地元で大きな影響力を持つ京都新聞をみると、「京都市長選、民主、門川氏“独自候補”に」、「教育長擁立方針、自公の出方焦点」、「民主、自公に先手」、「大阪市長選で独自論強まる」、「与党、駆け引き激化」、「民主府連、桝本市政評価80点、マニフェスト達成度」、「3極選挙やりたい、福山・前原氏一問一答」などの見出しが大きく踊っている。
地元財界や政界に太いパイプを持つ(持たざるを得ない)地方紙の宿命といえば言えるかもしれないが、しかし京都新聞のこの紙面づくりからは、まるで民主党が「独自候補」を擁立し、自民・公明与党および野党勢力と対決する「3極選挙」を考えているかのごとき空気が伝わってくる。大阪市長選で民主党独自候補が当選したので、京都市長選でも民主党が独自候補を自公陣営に先駆けて決定したかのような書き振りなのである。
だが門川氏の経歴や政治信条を知る者にとっては、(というよりは、京都市政に関する常識としては)、このような京都新聞の記事をまともに受け取るものは誰一人としていないのではないか。新聞は事実を伝えるのが使命であって、事実を歪めたり、世論をミスリードしたりすることは厳に慎まなければならないにもかかわらず、今回のこの記事は、京都のオール与党体制が「3極選挙」によってあたかも刷新されるがごとき論調になっているからである。
決論的にいえば、自民・公明のかねてからの意中の候補である門川氏を民主党が自公の了解のもとに「独自候補」として担ぎ出し、後で自公が相乗りするという「出来レース」(八百長レース)がスタートしたということである(続く)。