10月20日:学生による「授業評価」を評価する(その3)

 「三重苦」を課した私の講義課目・「都市政策論」の実態を学生が知るにつれて、受講生の常時出席者数が3分の2水準に落ち込んだが、しかしそれ以降は予想に反して横ばい状態になった。正直に言って「半分ぐらいに減る」のではないかと覚悟していたのである。なぜなら3年生の前期は会社訪問などの就職活動がピークに達する時期なので、授業の出席条件を厳しくすればするほど思うように就職活動ができなくなるからだ。

 ところがさらに不思議なことに、夏休み前の終盤の講義でレポートの作り方についての説明が始まる頃からは、逆に出席者数が少しずつ増えてきた。私が「大変な負担になる」と思っていたレポートの作成に対して、意外にも学生たちが積極的な反応を示したのである。いったいなぜなのか。

 レポートの提出はいままでも幾度となく試みてきた。テーマもその都度工夫して変えてきたつもりだ。しかしいまから思い返してみると、社会的な視点からの題材が多かったように思える。その時々の社会的なトピックスを下敷きにして、学生たちに時代の流れや地域の変貌を考えさせるようなテーマを集中的に選んできたのである。

しかし、今年度は思い切って考え方を変えてみた。学生たちのプライバシーに切り込むような「私の思い出の場所について」というテーマを課して見たのだ。それも単なる場所の叙述ではなくて、「なぜそこが思い出の場所なのか」ということを心理的に掘り下げる分析を要求した。かなり難しい注文だったかもしれないが、しかしそのことが意外にも学生たちの興味を掻き立てたらしい。

私たちの世代の都市や地域とのかかわり方は、主として社会的な問題関心から接近する場合が多かった。災害調査で被災地の現場に入るとか、公害問題の実態を知るために定点観察調査を行うとか、住民運動やまちづくり活動をしている住民組織と提携するとかの類である。自分個人の興味や関心からというよりは、その時代時代の社会的な問題意識に立脚して集団的に取り組む場合が多かった。

ところが、いまの学生たちは必ずしもそのような社会的な発想や問題意識からだけで都市や地域と関わるわけではない。その地域や場所が「自分にとってどんな意味があるのか」をまず問い、その関係性に納得できなければ決して動こうとしない。「まず自分ありき」なのだ。「自分」という個人のフィルターを通して都市や地域を見るのであって、それ以外のメガネはかけようともしないのである。

このような学生たちを「自分中心で個人志向だ」とか、「問題意識が無くて社会的視点が皆無だ」といって批判的に見ているだけでは、講義への関心も掻き立てられないし、授業への参加も実現しない。問題の根源は、教員側の発想の切り替えが遅れているだけなのだ。彼・彼女らの都市や地域への関心がなくなってしまった訳ではない。「気付き方」がわれわれの時代と異なっているだけなのである。その「気付き」の道筋を探り出し、その道筋に沿って授業を組み立てることができればきっと積極的に参加してくれるだろう。そう思って考えたのが、「私の思い出の場所」というテーマだった。

だが問題は、これをどのようにして講義の場で具体化していくかだ。私的なテーマを公開の場でのテーマとして授業の中に織り込んでいくのは、やはりそれなりの工夫が要る。今回試した方法は、レジュメ(要旨、骨子)、第1次レポート、最終レポートの提出を毎回の講義で3回連続して義務付け、その都度ランダムに10人ほど発表者を選んで思い思いに壇上で報告してもらうという方法をとった。

この方法は学生たちの大きな関心を呼んだ。お互いのプライバシーに立ち入ることには極度に敏感な学生たちが、講義という公開の場で各自の「思い出の場所」を語ったのだ。それも発表される内容はまさに「十人十色」で、各自にとっては「奇想天外」なものばかり。テーマの内容、取り上げ方、取り上げた理由、掘り下げ方、それが現在の自分とパーソナリティやライフスタイルとどうかかわっているかなどなど、目の前で発表される内容が「等身大の自分」と重なって大きな反響が教室全体に拡がった。

私自身にとってもまるで都市や地域を題材にした「私小説」を読む思いだった。自殺志願者とお遍路で「同行二人」になった話、大都市と地方農村との間で引越しを繰り返す中で自らのライフスタイルを作り上げていった経験、演劇に熱中するなかで自己を客体化することのできた舞台の思い出、家族で日本列島を自動車旅行したときの極小空間での家族の触れ合いなどなど、思いもがけない体験が思い出の場所とともに語られた。

心理学の領域では夢を分析する研究分野がある。対象者が見た夢を専門家が分析して、その裏にある深層心理を解明するのである。そんな方法を必ずしも意識していたわけではないが、学生たちの発表に私なりの解説を付け加えて、彼・彼女らのテーマの内容が「なぜそうなのか」という客観的な解説を試みた。この解説は発表者はもとより聴講者にもかなり面白かったらしい。自分個人の受け取り方と教員の解説との違いや共通点が一目で明らかになり、そのことが自分のレポートを完成させる上での有効な参考になったのだ。

最終回の講義はレポートの締め切りと発表を兼ねた補講日だったが、常時出席者数が60〜70名前後であるにもかかわらず100を越すレポートが提出されるという不思議な現象が起こった。ほぼ受講届けに近い数字である。学生たちが代わる代わる講義に出ていたので平均的には3分の2程度の出席率だという解釈も成り立つし(これは出席確認票を集計すれば直ぐわかる)、講義にはでなかったがレポートだけは出したということも考えられる。もちろん「1頁」といった「超短文レポート」もないことはなかったが、それでも手間暇のかかるレポートがこれだけの数になったことは「想定外」だったのである(続く)。
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