9月27日:安倍内閣の「首」をすげ替えただけの福田内閣、
(2007年参議院選挙をどうみるか、番外編4)

 福田内閣が9月26日に成立した。この内閣がどのような性格をもつ政権なのか、しばらくは観察する他ないが、今回はとりあえず外形的な分析だけで一応このシリーズの打ち止めにしたい(大学の後期授業が始まって多忙になり、しばらくは日記を書けそうにもないので)。

 私は政治学が専門でないので詳しいことはわからない。しかし、首相が交代して新しい政権ができたにもかかわらず、党役員や閣僚のほとんどが留任したという例は過去にも珍しいのではないか。閣僚から党役員へ、あるいは党役員から閣僚への横滑りを「再任」として計算すると、3役が4役になった党役員は4人のうち2人が再任、17人の閣僚は大半の15人が再任、党役員と閣僚を合計してもたった4人しか新しく加わっていない。おまけに安倍前首相の肝いりで就任した拉致問題担当と教育再生担当の極め付きの(女性)タカ派首相補佐官が2人とも再任されている。官房副長官2人も再任で、増員された1人だけが新任だ。法制局長官もそのままである。

 つまり、安倍政権のスタッフ25人が福田内閣では2人増えて27人になったのだが、27人のうち22人は元のままというのでは、いったい何のための党首選挙だったのかということになる。それに「反福田」で権力闘争の急先鋒に立ち、戦いに敗れて「京都の河原で晒し首」と覚悟していた鳩山法相や甘利経産相までがそのまま閣内にとどまっているのだから、これでは緊張感も何もあったものではないだろう。

 マスメディア等で流されている理由は、国会論戦がすぐ始まるので新任閣僚では難しいとか、「身体検査」をやる時間がないので、「検査済」の人物を起用せざるを得なかったとかいうものだが、いずれも枝葉末節の理由ばかりだ。国会論戦の準備はすべて官僚が取り仕切るのだから、本人が余程のお粗末な人物でなければ何とか通用するはずだし、「身体検査」は閣僚としてはもちろんのこと国会議員としての職責の前提だから、それを念入りにやらないと安心できないというのでは、自民党国会議員はすべて「政治資金法違反集団」や「公文書偽造集団」だということになる。

 でも本当のところは、前回の日記でも書いたように、今回の政権交代のシナリオは、おそらく「胴体はそのまま残して首をすげ替える」程度のものだったのだろう。第1次安倍内閣の「お友達スタッフ」が参議院選挙後の内閣改造ではほぼ一掃され、派閥領袖の「全員集合内閣」になった瞬間から、安倍首相の存在は事実上「無いも同然」となっていたのである。彼の「首」を遠からずすげ替えることはもはや自民党全体の既定路線であり、その筋書きを描いた麻生幹事長が与謝野官房長官と組んで着々と政権交代の準備を進めていたところへ、安倍首相に突如ドクターストップがかかったというわけだ。

 ここでもし麻生幹事長がフライイングをしなかったら、ひょっとするとひょっとしていたかもしれないが、彼が「クーデター説」が飛び交うほどの大失態を演じたことが仇になって、流れは一挙に福田政権へと傾いていった。現在の自公政権にとっては、「胴体」(政治路線)を替えることは毛頭考えていないけれども、「首」(首相)を替えることは、次の総選挙のためにも是非とも必要だったからである。

新しい「首」の福田首相の口から出てくる言葉を注意深く聞いていると、言葉遣いは丁寧だが、政策らしい政策はほとんど語っていないことに気づく。言っていることは、「よく考えてやる」とか「民主党と相談する」とかいった心構えや手法の話ばかりで、肝心の「こういう政策を実行する」といった類の発言は皆無に近いのだ。

しかし「首が替われば胴体も替わる」といったテレビ選挙のマスメディア効果が発揮されたのか、今日27日の朝日新聞の世論調査報道では、福田内閣の支持率が53%と過半数に達し、自公政権の危機的状況は一応回避された模様である。もっとも支持する理由は、「首相が福田さんだから」25%、「なんとなく」30%といった情緒的な理由が過半数を占め、「自民党中心の内閣」20%、「政策の面」22%の合計を10数%上回っている。いわば、当面の福田人気は「薄氷状態」というのが正直なところだろう。

 しかし私が気になるのは、「新しい内閣では、安倍内閣から多くの閣僚が閣内にとどまりました。このことはよかったと思いますか」と言う質問に対して、55%が「よかった」と答え、「よくなかった」と回答したのは半分の27%にすぎなかったことだ。もし国民が今回の政権交代を小泉構造改革路線を転換するチャンスと捉えているのであれば、こんな数字は出てこないはずだ。このことはいったい何を意味するのだろうか。

 その答えは、多くの国民は、福田首相に対しては「路線転換」や「政策転換」といった大げさな期待を抱いていないということであろう。このことは、「福田首相のもとで自民党はよくなると思いますか」という質問に対して、「変わらない」が65%に達していることでもよくわかることだ。国民は、「福田さんは国民の感覚に近い人だと思いますか」と言う質問にも、「そう思う」38%、「そうは思わない」42%とほぼ拮抗した回答を寄せているように、自民党の体質にも福田首相の政治姿勢にも大した期待や信頼を置いていない。安倍内閣の命取りになった「年金問題の解決」(期待率67%)など、当面の課題だけは解決してくれることを望んでいるだけなのである。

 したがって今後の福田内閣の政権運営は、大本の構造改革路線は継承しながらもそれを声高に主張することは避け、当面は年金問題など国民生活にかかわる実務面の改善や取り組みに集中することになるだろう。つまり「政策転換はしないが若干の手直しをする」ことによって、次の総選挙での民主党への政権交代を何とかして阻止することが、福田「実務」内閣に課せられた政治課題となるのである。

 しかしこのことは、社会保険庁の乱脈行政の改善がなかなか進まないようにそれほど簡単なことではない。もし具体的な改善の実績を示すことができなければ、そのときは安倍内閣の参議院選挙のときの「歴史的大敗」が、次の総選挙においても現実のものになるだろう。「歴史は二度繰り返す」というわけだ。

 福田首相は自らの内閣を「背水の陣内閣」と命名した。それは福田内閣が眼の前の課題に真剣に取り組む姿勢を国民にアピールしようというものだが、同時に、それは自公政権が瀬戸際まで追い詰められていることを示すものでもある。それだけにこれからの政局運営は、安倍内閣のような大言壮語の世界ではなく、実務上の問題解決を通して展開されることになるだろう。そしてこのことは公明党の延命を助け、自公政権の存続につながるかもしれない。

戻る