8月17日:安部内閣の命運と鈍感力、(2007年参議院選挙をどうみるか、その3)
この27日には安部内閣の改造が行われるという。そこまで待てば、もう少し事態ははっきりするのだが、お盆休みも終わったので、現時点での一応の見通しを述べてみたい。
この間、どんな新聞・テレビをみても、もはや「安部政権は死に体」といった観測記事や論調で溢れている。これほどまで酷評されたのは、安倍氏の後見人の森内閣以来のことだ。愛媛県水産高校の実習船がアメリカの原子力潜水艦に衝突されたとき、ゴルフ場にいた森氏がそのままプレーを続けた「鈍感さ」が、国民の大きな怒りを買ったのである。
もちろんそれまでに内閣支持率が「危険水域」にまで低下していたこともあったが、とにかくこの事件への対応の遅れが、森内閣の命取りになったことは確かだ。政治家にとっての「鈍感さ」は、危機管理能力の有無と背中合わせであり、とかく政治生命の喪失につながることが多いのである。
ところが前回の日記でも書いたように、安倍政権はこの「鈍感」を売り物にして居座りを続けている。「鈍感力」が政治家の資質に祭り上げられたのは、おそらく安倍内閣がはじめてだろう。首相が“YK”になると、世の中の常識までが怪しくなってくるのだから、日本中がおかしな空気に染まっていくような気がする(“YK”:「空気が読めない」という若者の最近の流行語。恥ずかしいけれど一度は使ってみたかった)。
ところが、首相が安倍氏なら、閣僚も閣僚だ。このところ、絵に描いたような鈍感力を発揮している二人の女性大臣がいる。いうまでもなく小池百合子防衛大臣と高市早苗内閣府特命担当大臣だ。小池氏は防衛省の事務次官人事をめぐって世論そこのけに華々しい政争を演じているし、高市氏は安倍内閣の閣僚が誰一人終戦の日に靖国参拝をできない状況の下で、ただ一人参拝を強行するという「栄誉」を担った。鈍感力とは「国民の民意を無視すること」だということを身を持って示してくれたのが、この二人の女性大臣なのである。
ところが、この二人の女性大臣には恐ろしいぐらい共通項がある。それは、小池氏が日本新党を皮切りに、新進党、自由党、保守党、保守クラブと日本中の保守政党を総なめにして自民党に移ってきたという希有の経歴を持つ人物であるのに対して、高市氏もそれに負けず劣らず、無所属からスタートして自由党、新進党、自民党と政界を次々と渡り歩いてきた人物だということだ。
二人がなぜこれほど目まぐるしく政党を渡り歩いたかというと、当時は政党の再編期だったということもあるが、わかりやすくいえば、「当選できる政党ならどこでもよかった」からだろう。とにかく国会議員や大臣の地位や権力を手に入れるためには、政党はその手段にすぎないのであって、政治綱領や政策などは二の次、三の次、いや有って無いようなものだったのだろう。二人が「政界渡り鳥」とか、「回転寿司」とかいわれるのはそのためだ。
私は奈良県出身なので、とりわけ奈良県が選挙地盤の高市氏の言動には目が行く。彼女は、1996年10月20日の第41回衆議院選挙に新進党公認で立候補して当選したのだが、当選からわずか2週間後の11月5日には新進党を離党し、暮れには自民党へ入党するというサーカスまがいの「離れ業」をやってのけた人物だ。よせばいいのに、選挙中に「反自民」を絶叫した彼女の選挙演説を信じて一票を投じた私の知人などは、「もう二度と選挙には行かない」といって気が狂うほど口惜しがっていた。
こんな機敏な行動をみると、彼女たちがとても「鈍感力」を売り物にするような人種でないことは明らかだ。渡り鳥は「風向き」をよく見ないと海を渡れないし、回転寿司は油断していると「いいネタ」にはありつけない。権力という御馳走のおすそ分けに与るためには、それこそ「針を研ぎ澄ましたような」鋭いアンテナを24時間張っていなければならないからだ。
となると、安倍首相がこの種の政治家を集めて閣僚にした意味はいったい何だったのか、と考え込まざるを得ない。世上には靖国派の同志を集めた「お友達内閣」とか、首相選挙の「論功行賞内閣」だとかいわれていて、それもそうだろうが、その実は札付きの世襲議員で世論や民意に本当に鈍感な安倍首相を補佐するために、その場その場を適当に切り抜ける特異な才能を持った人物が必要だったのではないか。
いままでは、それはそれでよかったのかもしれない。だが、これからの安倍内閣の前途は、それ如きのパフォーマンスで切り抜けられるほど甘くはあるまい。小池氏は、おそらく小泉前首相に「刺客」に起用されて大当たりを取ったことから安倍首相にも登用されたのであろうが、悲しいことに小泉劇場の舞台はすでに幕が下りていることに安倍氏は気づかなかった。
その意味で、安倍首相はまさに「鈍感の人」なのである。そしてその「鈍感」の裏には、民意と世論に対する軽視と傲慢さがある。その傲慢さが並いる閣僚の「女性は産む機械」であるとか、「なんとか還元水」とか、「原爆はしょうがない」とかの発言になってあらわれたのだろう。「鈍感の人」が「鈍感力」を売り物にする内閣など、そう長くは続くはずがないのである。(続く)