8月6日:安倍首相が辞めないわけ(理由)、(2007年参議院選挙をどうみるか、その2)
今日は62年前の広島への原爆投下の日だ。広島では恒例の平和記念式典が行われた。前日に広島入りした安倍首相は、被爆者の代表と会い、被爆者健康手帳を所持していながら原爆症と認定されない人々(認定者は25万人のうち僅か1%にすぎない)が全国で集団訴訟を起こしている件について、原爆症の認定基準見直しの意向を表明した。
満州の残留孤児たちの救済措置についても、「国によって二度棄てられた」ことに対する集団訴訟案件に関しては、彼は国の責任を一定認めて和解している。これが彼のいう「戦後レジームからの脱却」であるとすれば、それはそれとして大変結構なことだ。
しかし今日の新聞報道によると、関係者の評価は大きく分かれている。なかでも注目されるのは、土山秀夫元長崎大学長(病理学)の次のような談話だ。
「参院選挙惨敗で追い詰められた安倍首相のポイント稼ぎではないのか。にわかには信じ難い。原爆症認定については司法が先行し、行政は敗訴判決に徹底的に控訴している。かたくなに前例を守ろうとする厚生労働省に姿勢を変えさせるのは、首相でも容易でないはず。被爆者の高齢化は進み、残された時間は少ない。首相が心の底から救済しようと思うなら、「検討の指示」ではなく、基準は絶対に変えさせる」と断言して自ら厚労省を説得すべきだ。それを見届けないと手放しでは喜べない。」
このコメントは本質をついていて誠に鋭い。しかも被爆地の長崎大学の病理学者の発言だから、一層の迫力がある。しかしそれにもまして私が驚いたのは、このコメントが日経新聞に掲載されていたという事実だ。取材したのは現場の記者とはいえ、これほどの鋭い長文のコメントが堂々と載るのは、日経といえどももはや安倍首相を見放していることの表明なのかもしれない。
話を元に戻そう。それにしてもこれだけ世論に袋叩きされながら、安倍首相はなぜ辞めないのだろうか。森・青木・中川の自民党首脳部の秘密会議でも「辞任止むなし」と意見が一致して、中川幹事長がその旨を告げに行ったというではないか。きっと首脳たちは、「なんでこんな幼稚な人物を首相にしたのか」と、今頃は苦虫を噛みつぶしたような顔をしているのではないか。
安倍氏が首相になれたのは、一にも二にも小泉前首相の推薦と応援があったからだ。小泉前首相が早くから「意中の人」として安倍氏を持ち上げ、後継者に指名したから、安倍首相が実現したのである。またそうでなければ、議員経歴も若く、大した政治実績もない彼が(北朝鮮の拉致問題への取り組みや靖国イデオロギーからの歴史教科書攻撃などはあったが)、たとえ岸元首相の孫とはいえ、こんなに早く首相になれるはずがなかったのである。
それでは小泉前首相はなぜ安倍氏を後継者に指名したのか。それは小泉首相が在任中から「小泉構造改革の負の遺産」が必ずや後継政権を襲い、猛烈な世論のバックラッシュ(反動)が引き起こされることを予期していたからだ。彼は当時確信に満ちた振りをしながら、その実、自分のやっていることが国民の生活をズタズタにする「荒療治」であり、「酷い政治」であることを知りすぎるほど知っていたからである。
となると、小泉政権の「負の遺産」を受け継ぎながら、「嵐のようなバックラッシュ」の中でも猪突猛進できるような幼稚な人物を探さなくてはならない。そのお眼鏡に叶ったのが他ならぬ安倍氏だったというわけだ。世上では「テレビ写りのよいのを選んだ」といった俗論が流れているが、ことはそんな単純な基準で後継者に指名されたとはとうてい思えない。
自民党の中にも安倍氏よりも「もう少しましな人物」がいたかもしれない。しかし、それでは困るのである。「まし」になればなるほど世論動向を考え、「負の遺産」を免れようとして政策の方向転換するする可能性があるからだ。だから、それでは小泉構造改革の後継者にはふさわしくない。どんな状況に陥っても、「あくまで改革を実行する」と断言し、「約束したことは必ずやる」と言い続けるような頑迷固陋な人物でなければならない。それが安倍晋三という政治的には未熟で世論に鈍感な「若手政治家」だったのである。
こんな状況は、老練な政治家である中曽根元首相も十分に予測していたに違いないだろう。だから彼も、安倍氏を小泉前首相が避けた憲法や教育基本法の改定など「国の大元」を正す政治家だと天まで持ち上げ、「自爆」してもよいから、あわよくば「強行突破」してくれることを期待したのである。
だから二人の首相経験者の期待通り、安倍氏はいまも本気で頑張っているのであり、見込まれた役割を必死で演じている。小泉前首相が「世論には鈍感になれ、鈍感力が大切だ」というのも、また「内閣支持率を気にしていたのでは政治はできない」というのも、全ては想定通り安倍首相に「強行突破路線」を猛進してほしいからである。そして出来るところまでやって彼が「矢尽き、刀折れ」、最後には「野垂れ死」にしても、それは政治家安倍の「自己責任」の問題だというわけである。
それでは、今回の参議院選挙で自民党が歴史的大敗をこうむったのも小泉や中曽根の「想定内」だったかというと、やはりこれだけの敗北は二人にとっても「想定外」だったのではなかろうか。選挙前にはあれだけ雄弁だった二人が、選挙後はほとんどコメントをしない(できない)ことも、それを物語っている。「ちょっと拙かった」というのがおそらく本音だろうし、このまま内閣支持率が低迷し、次の衆議院選挙を戦えないようでは困るからだ。
しかし二人にとって安倍首相が「自爆」するのは予定の行動であろうし、痛くも痒くもないというのが本当のところだろう。すでに日経新聞あたりは、コラムニストが安倍首相をこき下ろし、自民党と民主党の「大連立政権」の登場を煽っている。そのための準備も水面下では始まっているのではないか。
私は半年前の2月24日の日記で、「小泉後継政権の疲労破壊」と題して、安倍内閣と民主党の改憲国民投票法案の取り扱いをめぐって、3通りのシナリオを描いた。第1は、自民党と民主党が改憲投票法案を共同提案するシナリオである。でもこの方法は、自公民3党の「巨大な改憲軍団」としての素顔をさらすことで国民の警戒心を巻き起こし、肝心の国民投票で改憲案が否決されるおそれがあるので、そんな「逆効果満点」の戦術などさすがの自公民3党も取るはずがないとして除けた。
「第2のシナリオは、自公与党が強行採決して民主党がそれに加わらない場合である。民主党にとってはこのシナリオが最善の策だ。なにしろ相手に責任をかぶせて自分の意図を実現できるのである。「無手勝流」というやり方だ。自民党の方は、今の安倍内閣の不人気さに「危険」「不気味」という新たな要素が加わって、おそらく次の参議院選挙や総選挙では惨敗を喫することになるだろう。そうなると民主党は労せずして政権を手に入れることができる。自民党を悪者に仕立てて自分はよい子になり、ほとぼりが冷めるのを見計らって悠々と改憲への道を進めるわけだ」と書いた。この第2シナリオは、ほぼ現在の状況を言い当てている。
もっとも自民党が大敗を喫したのは、改憲問題だけではない。むしろ、「年金問題」という神風や、「赤城バンソウコウ」などという予期せぬつむじ風に巻き込まれたからだ。しかし、問題はこれからだろう。民主党は参議院選挙で野党色を全面に出し、しかも「政権交代」まで掲げたのだから、選挙が終われば「はい大連立」というのでは、筋が通らない。そんなことをすれば、次は民主党が国民から捨てられる番になる。次の衆議院選挙に勝利するまでは結構野党色で通すだろうし、対決姿勢も打ち出すだろう。小沢という老獪な人物は前原前代表のような底の浅い人物ではないからだ。(続く)