7月3日:震災後の超過疎地域の行方、能登半島地震の示すもの(その1)
高島市でのまちづくり調査日記については、今後長期にわたるので、ここで少し中断して最近の出来事について書きたい。
先週の土曜日(6月30日)、兵庫県弁護士会館で「能登半島地震の復興を考えるシンポジウム」が開かれた。阪神・淡路大震災以来、全国の災害問題の復興支援に取り組んできた7団体(市民団体の兵庫県震災復興研究センター、関西学院大学災害復興研究所、神戸大学災害研究COE拠点、兵庫県弁護士会、被災地NGO協働センター、神戸まちづくり研究所、震災がつなぐ全国ネットワーク)が共同主催したシンポジウムだ。
阪神・淡路大震災を契機にして、地元神戸ではこれまで無数の研究集会が開かれてきたが、これほど多彩な研究機関や団体が集まって震災復興を論じた研究集会はなかったのではないか。開催事務局を担った震災復興研究センターの努力には心からの感謝と敬意を捧げたい。
シンポは、まず主催7団体から現地調査の経験を踏まえての報告から始まった。大学や研究機関は調査結果を、ボランティア団体は活動経験を、弁護士会は法律相談の内容などを中心にしての報告だったが、通常の学会やボランティア集団の交流会には見られない内容のある報告だった。また後半は、報告者がパネリストになって討論が行われた。調査する側の専門性や問題意識の違いによって、かくも震災復興問題の多彩な側面が掘り起こされるのか、それを心から実感させてくれた報告と討論だったのである。
震災研究は「学際的に行われなければならない」とよくいわれる。しかし、それが実践されるケースは案外少ない。専門の違う研究者や団体を「その場限り」で集めても、そんなものは決して「学際的研究」にはならないからだ。そこになによりも求められるのは、「被災者や被災地の復興を助けたい」と思う気持ちの共有であり、それを粘り強く続ける努力と行動の裏付けなのである。そんな参加者の共同の絆がない限り、どんな数合わせのシンポを企画してもうまくいかないことはこれまでの経験が教えるところだろう。
シンポを共同主催した7団体は、歴史の試練をかいくぐってきた有志たちの組織である。だから共通の基盤があり、被災現場や現地での経験も豊富だ。そんな「理論と実践」を共有した人たちが一堂に会して互いの意見を交換したのだから、シンポの結果が有意義でないはずがない。8都府県にわたる80名を超える参加者も十数社に達するマスコミ各社(石川県北国新聞の記者も取材に来ていた)も、きっと大きな成果を得て帰ったのではないか。
私は5月連休中の日記でも書いたように、震災復興研究センターの面々から調査に誘われながらも現地に行けなかった。正確にいえば、当時は疲労困憊状態にあったので「サボった」のである。だから今回のシンポでは、謹慎の意味も込めて発言する資格がないと考えて大人しくしていた。その代わり、現地報告には関心を集中した。なかでも興味をひかれたのは、特別報告をした石川県輪島市総務部長の谷口寛氏の生々しい行政対応についての話しである。
谷口氏は技術屋(一級建築士)の出身でありながら、偶然とはいえ、地震前日に総務部長に抜擢されたという異色の人である。地方自治体といっても都道府県や指定都市クラスの幹部になると、国のキャリア官僚にも匹敵するような「頭高い」人間がいる。阪神・淡路大震災ではそんな人物に再三再四お目にかかった(その中には本当の国からの天下り官僚もいた)。
しかし谷口部長は、打って変わった柔軟で謙虚な人柄だった。それが個人的な資質によるものか、輪島市という能登半島突端部の厳しい地域事情によるものかは知らないが、こんな魅力ある人物がこれからの輪島市の復興を背負うのだと思うと、なんだか行く先に希望が見えてきたような感じがしたことは間違いない。
谷口部長の話は、被災者生活再建支援法による支援メニューの柔軟適用や支援額の増額など型通りのものもあるが、それ以外に呟くように時々口の端から漏れる言葉が大変印象的だった。例えば、震災復興にとって「風評被害」は大きな障害になることはこれまでの各地の経験でも明らかだが、今回の場合はそれを危惧するあまり、異常に早い段階で「能登は大丈夫」との大宣伝が行われた結果、全国からの支援活動や義援金の動きが途端に鈍くなったとの指摘があった。
そう言われてみれば、全国有数の温泉旅館の立ち並ぶ温泉地では、温泉客のキャンセルや観光客の目減りを恐れて建物の復旧を急ぐかたわら、震災4日後から早くもテレビ報道などを通じて「復興宣言」のキャンペーンが始まった。だがしかし、確かにそれは一部の温泉旅館や温泉地では効果を上げたかも知れないが、それ以外の能登半島の中山間地域や過疎集落までが巻き込まれ、現地の被災状況は大したものではなく、復興支援の必要性も低いとの印象を与えたことも否定できない。だとすれば、そのような復興キャンペーンを企図した石川県や旅館組合の判断は果たして正しかったのか、ということが問われることになるだろう。(続く)