6月29日:旧町村意識とまちづくり、平成大合併をめぐって(その2)

 私自身は基本的には合併反対論者だが、合併した市町村をもはや元に戻すことができないとすれば、新しい自治体をよりよくすることに全力を尽くす他はないということも十分に理解している。龍谷大学が滋賀県島市と連携して合併後のまちづくりのあり方を研究していくことの協定を結んだとき、私自身もその立場で考え行動することを決め、現在までその態度で調査研究に臨んできた。市民・住民と行政が協力して、今までにないようなまちづくりの仕組みが可能になればと思ったのである。

 もちろん、市民・住民と行政との間に現在矛盾がないわけではない。合併前のいろんな約束が履行されていないとか、公共施設や人員のリストラが前面に出て反対運動が起こっているとか、日常的な行政課題をめぐっては激しい対立がある。しかし今回はそれらを「横目」で見ながら(あまり適切な表現ではないかもしれないが)、より構造的な課題に取り組んでみようと思ったのが私の基本スタンスだったのである。

 それでは、ここでいう「構造的な課題」とはなにか。それは、同じ旧高島郡に属する町村とはいいながら、「生まれも育ちも違う」6つの自治体(マキノ町、今津町、朽木村、新旭町、安曇川町、高島町)の住民と行政が合併することによって生じる様々な「摩擦」の原因を分析し、その大元を取り除くような「仕組み」を考えてみようということなのである。大げさに言えば、島市の「構造改革」ともいうべき大それた課題である。

 もちろん、そんな大きな課題を1大学や特定分野の研究者だけでできるはずがない。それに何よりもこのような課題は原則として住民自治・地方自治の問題であり、外部の者が軽々に介入すべき問題ではない。慎重な配慮と節度を保った態度・行動が要求される複雑な課題である。だから、(1)個々の具体的な問題には口出しをしない、(2)現状や問題を研究的に調査分析する、(3)課題を「市民・住民と行政のパートナーシップ(協働)のあり方」に限定してテーマ設定する、(4)住民や行政との良好な人間関係のもとで研究を進める、(5)研究成果は市民・住民の前に公開する、などの心がけを自らに課して調査をはじめた。

 研究をスタートしてから現在ですでに1年有余の時間が経過している。1年目は、旧来の町村の枠を超えた市民活動に注目し、それが芽生えた背景や活動の実態を調査して、新しい市民組織と行政とのパートナーシップ関係のあり方を解明しようと考えた。合併によってどんな新しい市民活動が生まれてくるのか、それが旧来の地域の住民活動とどう違うのか、新しい市民活動は旧来の住民活動とどんな関係にあるのか、また行政との関係はどうか、新しい市民活動は市全体を結ぶネットワーク(絆)に育っていくのか、などなどの研究課題を設定したのである。

 だが、湖西地域(琵琶湖の西岸部)に位置する島市は、滋賀県のなかでも湖北地域と並ぶ中山間地域で、名神高速道路や東海道線などが貫通する平野部の湖南地域や湖東地域とは著しく立地条件を異にしている。工業開発も宅地開発も疎らで、僅かにJR湖西線の駅前周辺で市街化が進んでいるにすぎない。人口も1960年代からほぼ横ばいで推移し、新規来住者の数もそれほど多くない。いわば「静かな田園地帯」の面影の濃い地域なのである。

 そんなところだから、合併前からも合併後も旧町村の枠を超えた市民活動がそれほど活発ではない。多くは旧町村の域内での地味な存在にとどまっているし、NPO法人の数もやっと2桁を超えた程度なので、そこから合併後の新しい市民・住民の動きが澎湃として起こってくるような状態にはない。むしろ圧倒的な存在感を示しているのは、旧町村の地域社会を支えてきた網の目のような部落・財産区・自治会・町内会などの既存住民組織なのである。

 新しい市民活動が少ないのは、幾つかの理由がある。基本的には新規来住者が少なく、旧来の地縁組織からはみ出して活動するニーズや必要が少ないことが直接的な要因だが、島市が6町村の「対等合併」だったことも大きく関係しているように思う。通常の合併は、大きな勢力を持つ中心市があって周辺の弱小町村が「吸収合併」される場合が多く、市民・住民側から見ても行政側から見ても中心市の影響力が急速に周辺に浸透していくのであるが、島市の場合はそのケースには当てはまらないようだ。敢えていえば、北の今津と南の安曇川が中心だといえるが。それも他の地域を大きく凌駕するだけの規模やエネルギーを擁しているわけではないのである。

 このようないわば「ドングリの背比べ」のような地域だから、どこかの地域がイニシャチブを取って全体をリードしていくといった状況は生まれてこない。「棲み分け」や「共存」といった雰囲気が市全体を支配しており、敢えてその均衡を破って何かをしよう、あるいはしなければならないといった気風はそれほど強くはないのである。

でもよく考えてみれば、この均衡状態は岐阜県高山市のような「大吸収合併」にくらべて、今後の持続的発展にとって大きな可能性を持っているのではないか。高山市の場合は吸収された周辺町村の急速な弱体化は避けるべくもないが、島市のような「対等合併」の場合は、それぞれの旧町村が地域の伝統や個性を大切にしながら互いのネットワークやパートナーシップを育てて行ける可能性は充分あるのではないだろうか。

問題は、その糸口をどこから見つけるかだろう。新しい市民活動の可能性もないわけではないだろうが、やはり旧町村の伝統的な地縁組織の活性化がどうも鍵になるように思われる。江戸時代から続いてきた「自然村」が基礎になって形づくられている区・自治会組織が合併後にどのような変化を見せるのか、そして旧町村の枠を超えてどのようにネットワークを組んでいくのか、また行政とは従来の上意下達的な関係から脱皮して協働的なパートナーになり得るのか。日本の地域社会学が長年にわたって取り組んできた研究課題に正面から向き合わなくなってしまったのである。(続く)

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