6月15日:喘ぐ地方大学の行方、道州制と連動して
6月に入ってから学会出張の回数ががぜん多くなった。学会シーズンの到来だ。最近は新しい学会が次から次へと結成されるので、どれに入るか入らないかで迷ってしまう。余り沢山入ると実質的に参加出来ないし、それに学会費も馬鹿にならない。10ぐらいが限度だろうか。
そんななかでも、毎年必ずといっていいほど熱心に出席している学会がある。会員数は400人ぐらいの日本人口学会である。人口学プロパーの人は少なくて(日本には人口学の専門家を養成する学部や大学院がない)、地理学、統計学、社会学などの出身者が相対的に多い。でも、都市計画や住宅政策関係の会員は数人にも満たないので、興味の対象はもっぱら人口問題の動向そのものだ。
今年の人口学会は、先週末に島根大学(松江市)で開催された。同大学には有力な人口学研究者がいるので(私の学会入会の推薦者になってくれた人でもある)、会場に選ばれたのだろう。実は以前から島根大学には友人が沢山いるのだが、訪れたのは今回が初めだ。同大学は旧制松江高校の後身なので、移転前の金沢大学(旧制四高)や熊本大学(旧制五高)のように、伝統と風格のあるキャンパスを期待していたのである。
だがしかし、期待とは異なって印象はかなり厳しいものだった。言葉は悪いが、キャンパスは「継ぎ接ぎの増改築を繰り返した建築群」といった印象で、まったく統一感がない。教室や研究室が計画的でなく、その都度建設されてきたことが歴然としている。おまけに緑地帯は至る所が雑草に覆われていて(多分、草刈りの直前だったのだろうが)、これが「日本の最高学府」なのか、と思わずにはいられなかった。
イギリスのケンブリッジ大学やオックスフォード大学のカレッジ内部の芝生は毎朝入念に手入れされ、まるで「舐めた」ようにきれいな縞模様に刈られている。アメリカでもハーバードやスタンフォードなどの有名大学はもとより、ごく普通の州立大学でもキャンパスは広くてよく整備されている。不幸な事件だったが、つい最近世界中の話題になった銃乱射事件のバージニア州立工科大学のキャンパスもオープンできれいだった。日本でも国立大学(国立大学法人)であるのであれば、せめても東京大学のキャンパス整備水準には揃えられてしかるべきではないのか。
開会に当たっての副学長の挨拶も、地方大学が置かれている厳しい情勢を物語るものだった。国立大学法人は毎年予算を1%ずつ削られていて、大学は年々厳しい予算運営に迫られているというのである。文部科学省が強調して止まない大学間の「競争的資金」の獲得にしても、結果を見れば旧帝国大学中心に配分されていて、私立大学や地方大学は無視されているに等しい。
「機会の平等」が保障されれば、「結果の平等」は考慮しないというのが文部科学省の言い分だ。しかし、旧帝大と地方大学・私立大学はもともと「基礎体力」が違うのだから、ボクシングでいえば「ヘビー級」と「フライ級」を無差別で闘わせるようなものだ。勝負は初めから着いているのである。それなのに、軽量級なのは「自己責任」だから「負けても仕方がない」ということになると、小規模大学の教員や学生たちは、スタート地点で早くも学習・研究意欲を奪われてしまう。
おまけに目下の最大の問題は、安倍内閣の下で経済財政諮問会議が「競争的資金の獲得状況に応じて大学補助金を配分すべきだ」との方針を打ち出していることだ。国立大学協会はもちろんのこと全国の大学関係者が挙って反対の声を上げているが、島根大学の場合だと従来の補助金のおよそ7割が削減されることになるらしい。全国の教育系単科大学では平均して9割カットだと報道されているから、このままだと、全国の地方国立大学が壊滅状態に追い込まれることは目に見えている。
島根大学は、激しい過疎化と人口減少が進む島根県においては「最大の事業体」なのだそうである。地域経済への波及効果は年間数百億円規模に上り、「島根大学が潰れれば島根県が潰れる」と副学長が言い切ったほどの重要な存在なのである。そんな地域事情を一切考慮しないで、「研究イノベーションの促進」を掲げて遮二無二大学補助金の効率化を図ろうとするなど、通常の神経ではとても正気の沙汰とは思えない。
しかしよく考えてみると、地方大学の現状と行方は、現在進行中の平成市町村大合併や道州制導入など、地方自治体の再編政策と密接に関わっているのではないか。その回答は、日本経団連の御手洗ビジョンのなかでの「九州地方国立大学統合構想」が与えてくれる。経団連は九州各県を「九州州」に統合し、それに合わせて九州各県の地方国立大学を全て九州大学に統合することを提案している。都道府県制を廃止して道州制を敷くという経団連の「究極の構造改革」は、戦後大学制の「1都道府県1国立大学」の原則を破棄して、旧帝国大学を道州単位で復活させるという大学再編政策と連動しているとみるべきだろう。
学会のおわりに、一般市民に公開されたシンポジウムが開かれた。人口学会と島根県が共催して、過疎地域の定住策をいかに進めるかという「かなりシンドイ」テーマだった。高度経済成長期から全国のなかでももっとも早く過疎化が進行してきた中国山系の過疎集落は、もはや「限界集落」の域を遥かに超えている。島根県の担当者の報告は、「現在、これら集落を支えているのは昭和一桁世代だ」という驚くべき内容で、年齢にすれば70歳代後半から80歳代前半の後期高齢者層が地域を支えていることになる。実際、示された過疎集落の人口構成をみると、この年代の層が集落全体の主力になっていることが一目で見て取れる。あと10年もすれば、そのほとんどが消えてしまう運命にある過疎集落のオンパレードが、中国山系の実態なのである。
島根県といえば、竹下元首相をはじめ青木参院自民党会長など有力政治家を輩出してきた地域である。彼らは日本の土木公共事業を支配し、島根県は過去・現在にわたって人口当たりの公共投資額「ダントツ日本一」を維持してきた。竹下元首相の地元である掛合町などは、「土木事業の巣」だといってもよいぐらいあらゆる公共事業が注ぎ込まれてきた。にもかかわらず、過疎化の波は容赦なく地域を席巻し、過疎集落は消滅の危機を迎えている。せめても島根大学をはじめてとして地方大学が生き残り、過疎地域再生のコアになってほしいと願わずにはいられない2日間だった。