6月8日:知識人としての使命を訴えた大江健三郎講演会
先週末、龍谷大学でノーベル賞作家・大江健三郎氏の講演会があった。法学部創立40周年の記念講演会である。龍谷大学法学部は一名「護憲法学部」といわれ、創設以来一貫して憲法理念を基礎にした教育と研究を展開してきた。「龍谷大学9条の会」にもほとんどの教員が参加し、憲法学者を中心にして対外活動も活発だ。そんな姿勢と取り組みに共感してか、大江氏が快く講演を引き受けてくれたそうだ。
理系出身の単純人間である私は、もともと文学部出身者にはどことなく苦手意識がある。学生時代からすでに文学部学生に対して理由もなく胡散臭いイメージを描いていたくらいだから(文学部出身者の方、すみません)相当年季が入っているといわなければならない。田舎での幼い頃から、「文学部に行ったらアカになる。就職ができなくなるぞ」などと、念入りに刷り込まれたことがその後も尾を引いているのだろう。
前任大学でも一番苦労したのが文学部の教授連中だった。とにかく一言居士が多く、会議では結論を出すことよりも議論することが目的のような人たちがやたらに多かったのだ。自己都合で会議に欠席しておきながら、「自分が出席しない場での議論は認められない」などと後で堂々と発言するのだから、呆れてものが言えない。だから文学部教授たちはもとより、文学作家についてもこれまでそれほどの親しみを感じたことがなかった。
こうした「文学部観」は、どうやら私一人だけではないらしい。大江氏が東大文学部の受験を目指したときも、東大法学部出の親戚縁者から「東大は法学部だよ。文学部なんてクズだ」といわれたそうだ。立身出世主義のエリートや単純技術系の人間からは、文学部は「訳のわからない煙たい存在」だと見なされていたのだろう。
だが、講演会に現れた大江氏は率直で愉快な人だった。難解な文章(これは私の個人的判断です)の物書きの印象とは打って変わって、自らの人柄を人前にさらけ出すことを厭わない魅力ある語り手だった。学内外を含めて千人近い聴衆が共感の表情を浮かべて熱心に聴き入り、会場にはさざ波のように絶えず笑いが渦巻いていた。
70歳を超えた大江氏にとって、2時間に及ぶ講演はさぞかしきつかったのではないか。でも、この日の同氏はすこぶる上機嫌だった。講演後の学生たちの質問にも一つひとつ丁寧に答えてくれた。講演の中身は多岐に亘ったが、私にとって最も印象に残ったのは、「知識人としての生き方」と「意識的な楽観主義」というくだりである。それは大江氏自らの信条であり、行動基準であるからこそ多くの人の心を捉えたのであろう。
講演のテーマは、「私らはいまにとけ込んでいる未来を生きている」というもので、さる評論家の言葉の一節を引用したものだ。龍谷大学の法学部が護憲の旗を掲げて頑張っていることを意識してか、大江氏の話は文学論というよりは、沖縄戦の惨状を含む戦後日本のあり方に関する内容が中心だった。その戦後体制が改憲をテコにして崩されようとしているいま現在、私たちはこの状況下でいったいどう生きるのか、どう行動するのかを訴える話だった。そのときのキーワードが「知識人」と「意識した楽観主義」だったのである。
同氏の言う「知識人」とは、自らの信ずるところを自分の専門を通して自分の言葉で語ることのできる人、そして権力や金力におもねず実現に向かって行動できる人のことである。また「意識的な楽観主義」とは、情勢に一喜一憂することなく目的達成を確信し、目標に向かって変わらぬ歩みを続ける人のことである。いずれも私にとっては「耳の痛い話」ばかりだったが、しかしこの日の心境は、大江氏の話しぶりがあまりにも率直だった所為か素直に受け止めることができた。微力ながら「地の塩」になって、残る人生を真摯に生きたいと思わずにはいられなかったのである。
とりわけ教えられたのは、情勢の見方だ。いつもマスメディア情報の洪水のなかにあって、知らず知らずのうちに自分を見失って悲観してしまう癖のある私は、このところ「ブルーな気持ち」からずっと抜け出すことが出来なかった。どうしてこんな酷い政治が続いているのに、安倍内閣の支持率が下がらないのか(最近は少し下がったが)。どうして口先だけの演説や「公約」にこうも易々と世間がだまされて、多くの有権者が政権党の言いなりに投票するのか。どうして大学関係者が権力に擦り寄り、審議会や委員会での「茶坊主」になりたがるのかなどなど、長い間、鬱々とした気持ちから抜け出すことができなかったのである。
しかし大江氏が研究対象として取り上げ、また親交ある世界の多くの知識人たちの意識や行動は、それがたとえナチスの政権下にあっても、イスラエルと対決するパレスチナの最前線にあっても、最後には人間性に対する倫理観と信頼感が透徹した楽観主義とたゆまぬ行動を支えていることを私たちに教えてくれる。「比較文学」研究に基づく同氏のグローバルな視点は、ローカルな研究視野から抜け出せない私にとって、「文学」というものの存在意義を大いに知らしめてくれた。
講演の後、同僚の教授たちとこもごも感想を交わしたが、だれも「大江健三郎を読んでみよう」といわなかった。彼らは私と違って、すでに大江氏の作品を結構読んでいるのだった。「知識人」になるための壁は厚いといわなければならない。