4月7日:夕張に地域救国政府の結成を、「夕張ショック」の物語るもの(最終回)

ここに興味ある直近の夕張市民意識調査がある。北海道新聞社が、夕張市の財政再建計画が実質的に始まる4月を前に、市民300人を対象にして行った世論調査だ。この結果をざっと読んでみると、私が地元で聞いた人々の気持ちや意見にほぼ近いものを感じる。

まず、市が財政再建団体になった最大の原因を問う質問に対しては、「観光事業への過大投資」(37%)、「不適正な会計処理」(13%)、「市議会などのチェック機能の不足」(13%)、「財政に関する不十分な情報公開」(6%)となり、財政破綻の原因が夕張市自身にあるとの見方が7割近くに上っている。これに対して、「国による不十分な炭鉱閉山対策」(20%)、「人口の急減」(3%)、「地方交付税の減少」(2%)など、国の政策や責任を指摘する回答は3割弱にとどまった。

次に「市が再建団体になった責任は誰にあるか」との質問に対しては、「中田前市長」(52%)、「国・道」(18%)、「夕張市民自身」(12%)、「夕張市議」(9%)と続いている。つまり、2003年まで6期24年間市長を務め、観光事業を推し進めた中田氏が今回の財政破綻を引き起こした最大の張本人であり、それを放置したり見抜けなかったりした市民や議会にも責任の一端があることを大半の市民が認めているわけである。したがって次期市長については、「地元出身でなくても夕張を良くしてくれる人ならいい」(77%)、「地元出身者」(18%)となって、地元関係者への深い絶望感と市民自身の自信喪失状態が見て取れる。

また「再建団体になってどう思うか」という質問に対しては、「非常に不安を感じる」(57%)、「少し感じる」(30%)、「あまり感じない」・「全く感じない」(12%)となって、9割近い圧倒的多数の市民が再建団体の下での生活に大きい不安を感じている。「不安」と答えた人にその具体的な内容を問うたところ、その回答(複数回答)は、「医療体制」(71%)、「税金や公共料金の引き上げ」(56%)、「人口が減っていくこと」(39%)が上位を占めた。またこれに関連して、「計画通り18年間で財政再建できると思うか」との問いに対しては、「思わない」(76%)、「思う」(15%)、「もっと(再建を)早めることができる」(6%)となって、市民の大半は計画期間内での再建完了は不可能だと考えている。つまり8割弱の市民が、今回の財政再建計画は実現不可能な「机上の計画」だとみているのである。

さらに今後の生活については、「これからも夕張に住み続ける」(64%)、「転居する」(6%)、「転居したいが今はできない」(28%)となって、3割強の市民が転居を考えていることがわかった。「今は転居できない」とする人の理由は、「転居資金がない」(33%)、「就職先が見つけられそうもない」(32%)というものである。この人たちには今後も転居するための条件が簡単に整うとは考えられないが、条件次第では転居を考えている市民が3分の1もいることは、財政再建計画の実現が今後ますます困難になることを示している。最後に、「夕張再生のために何が必要だと思うか」との問いに対する答え(複数回答)は、「企業誘致」(60%)、「国や道の支援」(57%)だった。

以上の市民意識調査からわかることは、市民の多くは財政再建団体への転落に非常な不安を感じ、また再建計画が実現不可能であることを知りながら、その責任の多くが夕張市自身の問題に起因していると感じているがゆえに、国や道への責任追求や支援要求運動にただちに立ち上がれないという複雑な市民感情にあるということであろう。いわば「去るも地獄、残るも地獄」のような状況に追い詰められて、どうしてよいかわからない閉塞的な状態にあるのが、現在の夕張市民の一般的心情といえるのではあるまいか。

このような状況下にあって、現在、地元で提起されている選択肢は大別して次の2つである。第1は、「全国最高の住民負担」と「全国最低の行政サービス」を耐え忍ぶ国や道への「服従の道」である。もうひとつは自らの責任を棚上げにして国や道の政策責任を追及する「抵抗の道」である。だが前者の道は、市民の生存権・生活権を否定し、地方自治・住民自治を放棄する道であって、到底容認し得るものではない。だとすれば、政府や道庁への責任追求と救済策を求める要求運動に身を投じるべきなのか。私には後者の道も成算が得られるとは思わない。それほど中田市政の乱脈ぶりは桁外れであり、それを容認してきた市議会や市役所職員、自治労本部や地区労の責任は避けて通れないものがあると考えるからだ。

残された道はただひとつ、さまざまな思想信条を超えた「夕張の過去と現在と未来を考える市民の会」のような市民組織を立ち上げ、中田市政の徹底的検証を全市民的なレベルの調査研究運動として行うことだ。これほどの腐敗と破綻を引き起こした原因と背景はいったいどこにあるのか。それを可能にした国と道、企業、市当局、市議会、労働組合、市民など各関係機関・関係者の具体的な責任はどこにあるのか。この危機を乗り越えるための世論の支持を得られる方策をどのようにして見つけ出すのか。またそれを運動化するにはどのような運動形態があるのか、などなどの課題を市民運動として提起するのである。

もちろんこのような運動提起はただちに激しい妨害工作を受けるであろう。真相の究明を妨げ、地域支配体制を維持しようとする側にとっては、これほど嫌なことはないからだ。したがって事態が危機的だからといって、すべての勢力が参加するなどといった甘い判断は成立しない。しかしこれまでのような政治活動のやり方だけでは、夕張が滅んでいくこともまた確実だ。井上ひさし氏が読売新聞でいっていたように、「夕張村」に帰るといった選択肢もあるかもしれないが、私は、今後の市町村合併と道州制の嵐の中では、夕張が「村」として存続していくことも難しいと考えている。

夕張の市長選と市議選は目前に迫っている。市議は基本的に党派選挙として戦われるから、候補者選びはそれほど困難ではあるまい。政策も各党の判断に基づいてそれぞれ提起されればよい。だがしかし、首長選挙は少し趣が異なる。市長はたった1人しか選べない。市長は、思想信条の異なるさまざまな市民を代表して政治や行政に当たることになるからだ。とりわけ現在のような夕張の危機的情勢の下では、かっての社会党支配のような一党支配体制は地域を滅ぼす方向でしか作用しない。いま夕張の地域・自治体の危急存亡にあたって求められているのは、第2次世界大戦における対ファッシズム戦争のときに結成された「救国戦線政府」のような存在なのである。

来る4月22日に迫った夕張市長選挙では、羽柴秀吉氏のような手垢にまみれた外人部隊に蹂躙されることなく、有張の危機を救う「地域救国戦線」(名前は古めかしいが)の代表を選びたい。そのためにも「夕張の過去と現在と未来を考える市民の会」のような市民組織を公約に掲げる市民候補を是非とも選んでほしい。夕張の長い未来の第一歩は、この市長選挙からスタートするのだから。

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