3月30日:次期小樽市長選の焦点〜第2の夕張か、コンパクトシティへの転換か〜、
「夕張ショック」が物語るもの(その3)

 次期小樽市長選挙は、統一地方選挙の一環として4月15日(日)に告示、22日(日)に投票が行われる。現職2期目の山田市長が、昨年12月に自民・民主・公明のオール与党と連合小樽の推薦を受け、すでに3期目出馬を表明している。山田市長(68歳)は、3期12年に及んだ新谷前市長の後継者として市の収入役から市長職に転身し、1999年4月の市長選で初当選した典型的な「市役所一家(利益共同体)候補」である。

 このままでいくと、現職市長と「小樽明るい革新市政をつくる会」候補との一騎打ちになるので、マスメディアは、今回の市長選は最初から勝ち負けが決まっている「無風選挙」になるとみていた。ところが今年になって、かねてから1300億円の巨額借金や2年連続の赤字予算などの小樽市の財政破綻状況について鋭い指摘を行い、また最近では山田市政が進める築港地区での新市立病院建設(後述)について、共産党を除いてただ一人反対表明をしていた無党派市民党の若手男性市議(34歳)が、突如立候補を表明した。

 「山田市政は、一般会計の財源不足による実質赤字の穴埋めのため、他の特別会計が蓄えた資金や基金をすべて使い果たしている。他会計からの借入は、親(一般会計)が、子(他会計)が貯めた金を巻き上げた格好になっており、子供からの借金はそのまま残る。借換債による親のツケを子供の代にツケ回ししただけの一時的な赤字回避策をとっているにすぎない。夕張市の破綻は、財政の許容量を超えて事業をやり続けたこと、行政のキャパシティを超えて限界まで取り組んだことが大きな原因だ。今、小樽では数々の事業がすべて借金で行われている。それを支払っていける体力がいったい小樽にあるのか。その支払いを求められるのは、我々ではなくてこれから小樽に住むであろう次世代の子供たちだ。彼らにはそのことに対する発言力がなく、われわれがそこまで考えて政策を立てなければいけない。私はそのことを夕張市を見て悟った」。これが彼の立候補の趣旨である。

 しかし3月22日になって、さらに第2の激震が走った。過去3回の市長選では独自候補を擁立してきた「小樽明るい革新市政をつくる会」が、今回は市民運動の広がりの中で、「小樽を第2の夕張にしない」、「新小樽病院を第2のマイカルにしない」、「新しい小樽を市民の力で創ろう」との彼の決意に共鳴して、政党と一線を画すると表明している若手市議を推薦もせず協定も結ばず、ただ当選のために勝手連的に支援すると表明した。これは小樽政界始まって以来の出来事だという。

 たしかに予感はあった。17日の懇談会に出席していた市民団体の一人、老舗畳店3代目の東完治さん(73歳)は、小樽市政の転換を願って周囲の有志に呼びかけ、昨年11月に「住みよい小樽・市民ネットワーク」を立ち上げた人だ。東さんは、商店街や町内会の役員を長年務めてきた文字通りの「草の根保守」である。これまで表立った政治活動などしたこともなかったが、それが今回はもう我慢がならなくなって、市政刷新の行動に立ち上がったのだという。私たちとの懇談でも、まちづくりや都市政策が中心話題になったように、今回の市長選挙では、小樽のまちづくりのあり方が現職市長との最も先鋭的な対決点になると考えているようだ。

 山田市政の2期8年は、新谷バブル市政の「負の遺産」の尻拭いに四苦八苦した8年間だったという。しかし財政再建を公約にした2期目においても道内初の赤字予算となり、2年連続の赤字予算を計上するなど深刻な財政破綻状況を立て直せていない。それでいて、なおウオーターフロント計画の破綻の泥沼から抜け出そうとせず、ますます深みにはまろうとしている。それが今回の市長選の最大の争点になっている市立病院や市民プールの移転問題なのである。現在、市街地の中心部や駅前にある交通至便の市立病院や市民プールを3キロメートルも離れた築港駅地区に移転させ、マイカルの経営破綻で見通しのつかなくなった未利用地をなんとか処分しようというのである。また合わせて商業施設の経営不振を建て直すために、病院やプールの利用客を大型店舗に誘導しようとの魂胆もある。

 このやり方は、すでに大阪・神戸などの臨海開発事業では、計画の失敗を覆い隠すための常套手段となっている方法だ。臨海開発計画で造成した広大な用地が民間企業の進出がないので全く売れず、その埋め合わせとして公共施設を移転させたり、公共用地として利用する仕方だ。あたかも計画用地が目的通りに利用されているかのような体裁を繕おうとするのである。しかしその実態は、余分な公共施設を使い勝手の悪い市街地郊外に建設しているだけの話で、結果は税金の無駄遣いと市街地の空洞化を招いているだけのことなのだ。

 小樽市がお手本としている神戸市などでは、市役所近くにあった交通至便の中央市民病院をわざわざ埋め立て造成地のポートアイランドに移転させた。しかし市街地と埋立地を結ぶ肝心の橋が阪神大震災で壊れ、中央市民病院は市街地で数千人の死者を出した緊急事態においてもまったく機能しなかった。それでも神戸市は反省するどころか、今度は埋立地を更に拡張して医療産業を誘致し、そのために市民の反対を押し切って中央市民病院をもう一度移転させようとしている。医療産業のために中央市民病院がますます市民から遠ざかっていくのである。

 小樽はいま加速度的な人口流出に喘いでいる。小樽と札幌は鉄道で20分、道路で30分程度の時間距離でしかない。最近の人口減少の6割が札幌周辺への流出にともなう社会減なのだ。この趨勢は、道州制への動きが加速しつつある現在、加速することはあっても減速することはない。小樽はバブル時代のような巨大開発の幻想(悪夢)から一刻も早く目を覚まし、既存の市街地の整備・再生を中心とする「コンパクトシティ」へと都市政策を転換すべきときなのである。高度成長時代のように周辺地域や郊外地域へ開発を誘導する都市計画は、結果として都市の活力を奪い、都市の衰退を速めるだけなのである。

 いま、北海道では与野党対決の知事選が「地域格差問題」をめぐって華々しく戦われている。北海道は、最大野党の民主党がめずらしく「対決」候補を立てている注目選挙区である。だが、ひとたび小樽市をはじめ道内の市町村自治体の首長選挙に眼を転じると、そこにはオール与党体制の蔓延でほとんどは実質的な「無風選挙」になるといわれている。小樽市長選にしても、現職の山田陣営には自民・民主・公明の3オール与党に「連合小樽」までが加わって、完璧な「翼賛選挙」体制が出来上がっている。これだけの失政と財政破綻を目前にしながら、それをものともせずに「市役所一家」を選挙マシーンにして破滅の道に突き進んでいく有様は、まさに「第2の夕張」にふさわしい陣容だといわなければならない。なぜこれほどの強固な利益共同体が出来上がったのか。それは「旧社会党王国」だった北海道の政治風土と無関係ではないだろうが、これはいずれ夕張市のところで詳しく分析することにして、そろそろ小樽市のまとめに入ろうと思う。

 この日記の統一タイトルを「夕張ショックが物語るもの」としたのは、夕張市の財政破綻問題を単に1自治体の特殊事例として取り上げるのではなく、小泉構造改革の必然的結果であり、かつそれを可能にしている国全体の政治構造を反映していると考えているからだ。つまり道州制を基礎とする「地方分権改革」の行方を予測し、それを打開する政治原動力がどこから生れてくるのかを見極めたいからである。マスメディアの大勢は、保守2大政党論に基づく政権交代が当面する問題解決の方向だと見ている。その一方の旗頭が民主党だというわけだ。しかしながら、私は、京都・大阪での部落開放同盟と民主党の強固な癒着関係からみても、大阪・神戸市などの民主党が核になった市役所一家体制の醜悪な実態からみても、また今回の小樽市の「連合」を含むオール与党体制からみても、民主党が革新的野党の役割を果たせるとは到底思えない。場合によっては、自民党などよりもはるかに性質の悪い政治組織であり、徒党集団であるとさえ考えている。

 とすれば、「夕張ショック」の出口はいったいどこにあるのか。それはまだ確かな方向になったとはいえないが、「小樽を第2の夕張にしない」、「新小樽病院を第2のマイカルにしない」、「新しい小樽を市民の力で創ろう」との決意で立候補した若手市議を勝手連的に支援すると表明した「小樽明るい革新市政をつくる会」の大胆な政治的決断と行動の中にその萌芽が認められるのではないか。つまり革新勢力と「まじめな保守」との政治的連携やまちづくり同盟のなかにこそ、小泉構造改革から地域・自治体を救い、真の分権改革の担い手をつくりだすこれからの道が存在すると考えているのである。

 しかし繰り返すが、この方向はまだ定まったものではない。「市民派もいろいろ」である以上、その個人的資質によって革新勢力との連携や同盟は今後も試行錯誤を続ける他はないだろう。にもかかわらず、そのジグザグ路線の中にこそ未来を切り開く展望があると私は信じたい。そして新しい市長が誕生すれば、再び小樽を訪れてまちづくりの話をしようと約束した「住みよい小樽・市民ネットワーク」の東完治さんとの再開を果たしたい(続く)。
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