3月5日:若々しい青年自治体労働者の息吹を感じて

 3月3日、別に「雛の節句」に合わせたわけではないだろうが、京都リサーチパークで青年自治体労働者の全国研究集会が開かれた。全国の自治体労働者が参加する最大の組織はもともと総評に属していた自治労だったが、1980年代末に総評が解体されて連合に吸収されたときに、そこから独立したのがこの自治労連である。20歳代の青年男女が200人あまりも集った自治労連青年部主催のこの学習交流会の会場は、若々しい青年労働者の息吹で溢れていた。(それに比べて風邪を引いてしまった私は、最悪のコンディションだった。話を聞いてくれた青年たちには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ)。

 自治体労働者の組合が開いてきた研究集会や学習交流会の歴史は古い。社会的に最も注目されているのは、日教組の教育研究集会(いわゆる教研集会)だが、この教研集会は戦後間もない1951年から始まった。次に古いのが自治労の自治研集会で、1957年に第1回地方自治研究集会が開かれている。実に半世紀にわたる歴史を持っているわけだ。自治労と自治労連の組織が分かれて以後、自治研集会も別々に開かれてきたが、それでも自治体労働者が仕事の課題を組合活動の一環と位置づけ、長年にわたって継続的に研究集会を開催してきた努力は大いに評価されなければならないだろう。

民間大企業では、当局の労務管理の一環として「カイゼン発表会」や「研究発表交流会」らしきものは行われている。しかし、資本活動から独立した形で労働者が自らの仕事や労働のあり方を研究したり交流したりすることはない。トヨタ自動車労組やキャノン労組がそんな自前の研究集会をやったことなど聞いたことがないのである。このような有様だから、企業の社会的責任が喧伝される一方で、職場でのモラルハザードや談合・汚職が絶えないのも無理はない。そこで働く労働者の自覚的な批判・監視行動が決定的に欠落しているからである。

話を元に戻そう。しかしこれほどの歴史を持ちながら、自治労連ではこれまで青年労働者独自の研究集会を開いたことがないのだという。全国的な自治研集会の分科会として青年交流会が開かれていたことにもよるのだろうが、とにもかくも現実には青年独自の研究集会はなかったのである。そして今回の企画がどのような経緯で具体化されたかは知らないが、その第1回目が京都で開かれることになったというわけだ。

私に記念講演の依頼があったのは、もう随分前のことなのではっきり覚えていない。しかし実行委員会のメンバーが4人も事前の打ち合わせにわざわざ京都までやって来て、研究集会への意気込みを伝えられたときには、正直言って「これは大変なことになった」と思ったものだ。岡山、愛媛、愛知、滋賀の各県市町村の役場で働く実行委員の青年自治体労働者たちが、その置かれている状況や地域課題について真剣に悩み、どうすればそこから脱出できるかを模索しているのを見て、その一助になるような話をしなければと強く感じたからである。

そんなことで比較的丁寧なレジュメをつくった。このレジュメは、私のホームページの「最近の論考」にも掲載しているのでみてほしいが、要するに言いたかったことは、「住民のために」とか、「住民と共に」とかいった従来の自治体運動スローガンの域を超えて、自治体労働者は「地域社会の担い手」であり、「地の塩」であるような「地域公共人材」になってほしいということだ。

公務労働者とりわけ地域住民の生活に直結する自治体労働者が、「住民の公僕」として「住民のために」仕事をするのは、いわば当然のことだ。また高度経済成長期のように、公害問題など地域開発の矛盾が地域環境や住民生活を破壊するときは、「住民と共に」闘わなければならないことも自明のことだ。自治体労働運動の基調として、「公務労働論」や「地域共闘論」の原則が大きく掲げられてきたことはこのためである。

しかしこれらの原則は、自治体労働者と地域住民の間になにかしら「一線を画している」ような感じを与えることも事実だ。住民が自治体労働者の「仕事の対象」として位置づけられていて、自らも「その一員」であるような気持ちが何となく感じ取れないからだ。おそらくこのことの背景には、地方自治体という公的機関の存在が職員と住民との間に大きく立ちはだかり、自治体労働者の意識が知らず知らずのうちに役場の中に取り込まれていることがあるのだろう。

だが率直に言って、現在のような激しい自治体リストラ攻撃や公務員バッシングの嵐の中では、従来の運動スタイルのままでは仕事も職場もまもれないのではないか。日頃は職場のなかの労働運動の枠内で活動し、地域に問題が起こったときに出て行くだけの運動スタイルでは、住民と自治体労働者を分断して行革リストラを進める攻撃を食い止めるのはむずかしい。

自治体労働者が「地域社会の担い手」となり、「地の塩」になるということは、地域コミュニティの一員として地域社会の存続のために日常的生活を通して継続的な努力と実践を重ねることだ。地域でいろんな「仲間」を発見し、ゆたかな人間関係を結ぶなかで、「地域おこし」や「まちづくり」の輪を広げていくことだ。そして地域で活動することが、「生き甲斐」であり「楽しみ」であるようなライフスタイルをつくりだすことだ。

このことはそれほど難しいことではない。最近の地域ボランティア活動やNPO活動のなかではごく普通にみられるライフスタイルだということだ。自治体労働者が「役人」や「公務員」といった固い殻を打ち破り、地域コミュニティのなかの有為な人材として活躍するとき、地域社会を支える本当の力が発揮されることは間違いない。

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