12月12日:耐震強度偽装事件の政治的構造
1週間前の日記で(元)姉歯建築士による今回の耐震構造強度偽装事件は、「小泉構造改革による公共性の解体・崩壊現象の現れだ」と書いたが、その後、この事件は底知れない構造疑獄事件に発展する勢いである。なかでも注目されるのが「総研」という名の経営コンサルタントの存在だ。通常、経営コンサルタントといえば、顧客の事業者に対する経営情報の提供や経営改善のための指導助言をするのが仕事だが、総研のコンサルタント事業はその域をはるかに超えていて、今回の事件の「台風の目」になる可能性が非常に大きくなってきた。
マスメディアの報道によれば、総研は自らビジネスホテルやマンション建設など不動産開発の事業企画をたてて出資者や事業者を探し、あわせて建築設計事務所と施工会社をワンセットで斡旋するという事実上のデベロッパー(開発業者)の役割を果たしている。そしてその際のキャッチフレーズが「工期が早い、工事費が安い、必ず儲かる」というものだった。つまり「早い」・「安い」・「儲かる」が総研の3大セールスポイントだったのである。そこには生命や財産の確保に直結する建築物の「安全・安心・信頼」に関する言葉はまったく聞かれない。
これがまともな事業であり商売であったなら、これほど結構なことはない。事業者もユーザーも経営コンサルタントも全てハッピーだというわけだ。だがそれが「規制緩和時代の新しいビジネスモデル」だったところに大きな落とし穴があった。一連の規制緩和政策に基づく「官から民へ」の風潮をいち早く捉えた目敏い総研が、建築確認申請事務の空洞化を見越して耐震強度偽装を骨格とする不動産事業の「ビジネスモデル」を立ち上げたのが、今回の事件の核心だ。そうでなければ、短期間のうちにこれだけの数と規模の悪徳ビジネスが全国展開するわけがない。奈良市のビジネスホテル建設の場合などは、総研は事業者からのコンサルタント料収入に加えて、建設業者からは法外な「仲介手数料」を取り、おまけに設計事務所からはバックリベートまで取っていたというではないか。これらの手数料を合計すると事業費の1割にも達するべらぼうな儲けだ。これでは笑いが止まらないというものだ。
今回の一連の事件をよく考えてみると、発覚の端緒となった(元)姉歯建築士の専門家としての社会的・刑事的責任は徹底的に追求されなければならないのは勿論だが、構造強度を耐震基準の1割強にまで落とすという恐るべき反社会的行為に対して彼がどれだけ経済的な利益を得たかというと、それほどのメリットがあったとは思えない。減らした分の鉄筋・鉄骨・コンクリートなどの材料費が全て建築士の懐に入るのであればまだしも(不当利益であることは間違いないが)、彼は実のところ総研や元請け設計事務所に設計料を「ピンはね」されただけの哀れな存在にすぎないのではないか。まともな神経の持ち主なら絶対に引き合わない危険な仕事だ。
私たちがいま注意すべきは、表面上の小物の登場人物たちの言動に気を取られて問題の背景や構造解明への大局的な洞察力を失うことだ。14日に予定されている国会の証人喚問では、姉歯(元)建築士や総研所長の内河健氏が出席すると報じられている。両者に対して徹底的な事実解明が求められることは当然だが、同時にこの証人喚問自体に「政治の影」が色も濃く投影されていることにも注意を払う必要がある。最大の疑問点は、証人が一堂に会することなく時間をずらして別々に喚問されることだ。それぞれの関係者が密接に関係している事件でありながら、なぜ証人喚問だけが個別に切り離して行われなければならないのか。証人たちの互いに辻褄の合わないところを厳しく糺さなければ、事の真相は明らかにならないのに、である。
またヒューザーの小嶋社長、そして日本で最初に設立され、最大の民間検査機関である日本ERIの鈴木社長が出席しないことも極めて不自然だ。しかし両者には共通する性格がある。それは政治家との深いかかわりだ。小嶋社長は、事件の発覚前に元国土庁長官の伊藤氏に依頼して国土交通省住宅局建築指導課を訪問している。何を面談したかは水面下の話でわからない。だが小嶋氏は森派のパーティ券を大量に購入していることでも、また銀座で政治家を豪遊させていることでも知られている有名な人物だ。
鈴木社長も森派及び同派の上野元副官房長官へ政治献金(個人献金)をしている。鈴木崇英氏はエリート中のエリートだ。東大都市工学科大学院(博士課程中退)丹下健三研究室の第1回卒業生で、1966年に日本最初の本格的な都市設計事務所である「UG都市設計」を設立して副社長になり、1991年社長、1999年日本ERI(株)を設立して社長、そして2002年に「UG都市設計」を退社して最高顧問に就任し、今日に至っている。もちろん日本都市計画学会の正会員である。
鈴木氏が代表取締役社長を務める日本ERI株式会社は、従業員495人、うち一級建築士324人を擁するわが国屈指の民間検査機関である。ERIはEvaluation(評価)、Rating(格付け)、Inspection(検査)の頭文字を取った名前で、その上にわざわざ「日本」を冠したところに同社の自負があらわれている。内部には「監視委員会」という4人の組織があり、東大名誉教授(都市工学科)もその一人に名を連ねている。また「技術顧問」としては、いずれも構造系の大学教授が4人(東大建築学科名誉教授、工学院大学・東京理科大学の現役教授3人)が就任している。私自身が知っている教授も幾人かいて、いずれも錚々たる陣容だ。その日本を代表する検査機関が1年有余前に一設計事務所長が「一目で発見した」程度の構造強度偽装事件を見逃し、指摘されてからも「単なる計算ミス」として取り合わなかったのはいったいどうしてなのか。まさか「知らぬ存ぜぬ」では通らないというものだ。
加えて、鈴木氏の経歴のなかでも一際目を引く肩書がある。国土交通省社会資本整備審議会建築分科会専門委員という肩書である(もっともこういう事件が起こると外部から追求されると困るので、現在は解任されている可能性もある)。この審議会は旧建設省の9つの審議会を統合して出来た巨大な審議会なので、実質的な審議は分科会や部会といわれる下部組織で行われる。今回のような建築基準法にかかわる事項は旧建築審議会につらなる「建築分科会」で審議されるが、鈴木氏は委員、臨時委員の次のランクの「専門委員」に委嘱されている(いた)。審議会委員の経験のある人なら誰でもわかるが、答申の実質的な内容は事務局官僚と専門委員の間の合議でほぼ100パーセント決められ、後は形式的なセレモニーが上部審議会で繰り返されて承認される仕組みになっている。だから鈴木氏はまさに建築行政の「プレーイングマネージャー」としての役割を演じていたキーパーソンだといってもよい。この人物が民間検査機関のトップに座っているのだから、まさに今回の事件は「国土交通省御用達」だといってもいいくらいだ。
これからは私の推測だが、日本ERIのような建築専門家を多数揃えた検査機関でも、それが株式会社という民間営利組織である限り経営的には市場原理・競争原理が貫徹するほかはないということだ。同業他社が「早く、容易に」建築確認申請を下ろしているときに、厳密な検査にこだわっていては市場競争に勝てるはずがない。こうしていつしか「阿吽の呼吸」で検査が甘くて杜撰になり、それが「この程度なら」という業界の常識(デファクト・スタンダード:事実上の標準)になっていったことは容易に想像できる。そして「大手がやるならうちも」という形で中小業者や検査機関に広がり、そのなかから総研やヒューザーなどの極め付きの悪徳業者があらわれてきたのであろう。
小泉構造改革に基づく野放しの規制緩和が、銀行・保険・証券取引などの金融市場では相次ぐ不祥事件を続発させ(銀行での背任横領、生命保険会社の保険不払い、証券会社の重大ミスなどを見よ!)、製造業のものづくり現場では欠陥商品や公害物質の隠蔽、データーの偽造や改竄を頻発させ、交通運輸業ではいつ大惨事が起きてもおかしくない飛行機のトラブル事故や長距離トラックの大型事故などを引き起こしている。企業倫理や企業の社会的責任など「どこ吹く風」の「カジノ資本主義」(バクチ経済)の横行だ。それが自らの墓穴を掘るだけの愚かな行為であれば自業自得というものだが、悲しいことにそのシワヨセは悉く被害者に転化される。そして被害者の切実な実情が強調されるほど加害者の責任が曖昧にされていく。
私は今回の事件の被害者が一刻も早く救済されることを望むことでは人後に落ちるものではないが、そのことだけが前面に出て、背後に横たわる構造的な疑獄事件が揉み消されていくことに強い懸念を覚える。また「官から民へ」の批判だけを叫び、「民から官へ」戻せば全てが解消するような楽観論にもより以上の不安を感じる。建築技術の高度化に対応できる専門家が果たして「官」にどれだけいるのか、自治体の建築行政の内情を少しでも知る者ならこんな提案がどれだけ非現実的なものか即座にわかるというものだ。高度の技術力と高い倫理性に裏付けられた独立検査評価機関を設立すること、これ以外に今回のような事件を解決する道はないと思うが読者のみなさんのご意見はどうだろうか。