7月28日:地震と超高層マンション
7月23日、首都圏が震度5弱の地震に襲われる直前まで、私は東京にいた。前日の22日、小金井市の東京農工大で開かれた「生存科学シンポジウム」への出席のためである。東京農工大は、バイオマスを軸とする農山村の活性化事業・まちづくりの研究で文部科学省のCOE(センター・オブ・エクセレンス)研究費を獲得し、その研究の一環として大学と地域を結ぶ「地域連携室」を設置した。龍谷大学の地域公共人材オープン・リサーチ・センターは、この地域連携室と共同して、全国各地の環境共生型のサステイナブルなまちづくりを推進する自治体の調査を企画している。今回のシンポジウムはその端緒となる意見交換の場でもある。
シンポのことはいずれ記すとして、今回の主題である首都圏を襲った地震のことについて話そう。実は当初の予定では、翌23日に東京経済大学で行われる阪神・淡路大震災の復旧・復興問題に関する研究会に出席するつもりだった。東京経済大学は国分寺市にあるので農工大とはつい目と鼻の先のところ、参加するには好都合だったからだ。しかし夕方から京都でどうしても人に会わなくてはならない所用が発生し、東京駅を2時半過ぎに出て新幹線で帰ってきた。地震が発生したのはその2時間後のことである。
阪神・淡路まちづくり支援機構では、全国各地の災害問題専門家をつなぐネットワーク(メーリングリスト)を構築して日頃から緊密な情報を交換している。この日は、関西から東京に出張していてたまたま地震に遭遇した支援機構の会員はもとより、首都大学東京(元東京都立大学など)、東京弁護士会、防災研究機関などに所属する多くの東京在住者からも貴重な「体験メール」が届いた。
それによると、5〜6階程度の中層階ではそれほど大きな揺れはなかったものの、10階以上の高層階あるいは超高層ビルやマンションでは相当揺れたとのことだ。大学の研究室でも高層階にある部屋では、室内一面に書籍が散乱した所もあった。しかしそれよりも大きな問題として注目されたのは、エレーベーター問題である。個々のメールでも「エレーベーターのなかに閉じ込められなくて本当によかった!」との安堵の声が数多く寄せられているし、オフィスビルでもマンションでも半数近いエレーベーターが動かなくなっている。そんなところでは例外なく歩いて屋外に出るほかはないし、また室内に戻るときも勿論徒歩である。
問題は、停止したエレーベーターの復旧が遅々として進まなかったことだ。あるマンションでは数十回も管理会社に電話をかけ続けたがずっと話し中で、やっと通じたのは夜中の11時過ぎになってからだそうだ。会社側の言い分は「連絡のついた所から復旧している」とのことだが、マンション住民の方は「連絡がつかないこと自体が問題なのに!」とカンカンになって怒っていた。
26日付の日経新聞によれば、エレーベーター保守管理の大手三社だけでも4万基を超えるエレーベーターが停止したという。中小の管理会社分まで含めれば、実態はその倍近くに達するのではないか。幸い閉じ込められたのは数十件程度だったというが、これは23日が土曜日でほとんどのオフィスビルはお休みだったからだろう。平日の勤務時間中であれば、その被害状況は一桁上回る規模に拡大したことは想像に難くない。もう10年以上にもなるが、ニューヨーク市の大停電で大半のビルのエレーベーターが使えなくなり、大都市の機能が完全に麻痺したことを私たちはまだ忘れてはいないのだ。
こんな思いが煮えたぎっている矢先、26日に大阪科学技術センターで住宅産業フォーラムが主催する「人口減少時代のライフスタイルと住宅産業の行方」と題するパネルディスカッションがあった。住宅産業フォーラムは、関西の住宅産業に関わる官・民・学の共同研究組織で、ここ10年来、意欲的で横断的な数々のテーマを掲げて活躍しているユニークな団体だ。私が人口減少問題を研究しているということもあって、基調講演とパネリストの二役で招待され、住宅メーカー元社長や女性研究者などとともに議論を交わした。
その席上で私が強調したのは、(1)これからの30年間に発生すると予測される大量の大阪大都市圏の人口減少(大阪市内42万6千人、衛星都市群86万2千人、合わせて128万8千人)に対処するには、「まちなか居住」といわれる既成市街地でのコミュニティ志向のライフスタイルを重視し、それが若者層にも魅力的な存在になりうるような居住環境整備を推進すること、(2)遠隔郊外住宅地では一部で空地化・空家化は避けられないが、標準的な郊外住宅地では交通・買物・医療・治安の4条件を最低限保障すれば十分居住地として維持出来ること、(3)現在注目されている都心地区の超高層マンションへの回帰現象は立地条件の上でも需要の上でも限界があること、また超高層マンションの居住者は富裕な高齢者層と(キャリアの)シングルウーマン層に偏っていて人口増はそれほど期待できないこと、などである。つまり私の言いたかったことは、都心地区の超高層マンションが増えていけば、あたかも大都市の人口減少問題が解決されるといった報道には何の根拠もないこと、ましてそれが「都市再生事業」として大々的に政策宣伝されているのは荒唐無稽以外のなにものでもないということだ。
加えて今回の首都圏地震との関連でいえば、そもそも超高層マンションなる住宅建築は一部の居住者層には適合するかもしれないが、多数の都市住民とりわけ子育て層の住宅としてはふさわしくないと断言出来る。超高層マンションにはエレーベーターの存在が不可欠だが、これには災害時の危険性や日常時のセキュリティ対策においてもきわめて不安材料が多い。防災・治安上の安全性を確保しようとすれば、監視カメラやガードマンの設置などの高コスト負担を覚悟しなければならないし、また監視体制が厳しくなればなるほどコミュニティが失われていくという矛盾に陥る。セキュリティ対策面から高層階・中層階・低層階でエレーベーター・ホールを分けるようなことも最近は流行っているが、そんなことをすればするほど人々はお互いに警戒し合うようになり、近隣関係は疎外されてしまう。
子育てにはコミュニティはなくてはならないものだ。お友達がいない近隣環境なんて考えられないし、お母さん同士の親しいつきあいのないご近所も考えられない。保育所へ連れていけば問題ないと考える人もいるが、子供の成育環境はそれほど単純なものでも機能的なものでもない。ふとした触れ合いから生まれる地域での思いがけない人間関係や交遊関係、あるいは年代や世代を超えたコミュニティでの日常的な交流が人間の成長にとってどれだけ大切なものかは、人それぞれがこれまでは共有してきた感情なのだ。「ふるさと」という言葉を聞いて生まれるあの懐かしい感情は、幼いころからの豊かな近隣環境やコミュニティに根ざしていることを私たちは忘れては行けないと思う。