7月12日:憲法の危機とモラル・ハザード
「自治体の市場化ストップ! いまこそ憲法を暮らしに生かす府政の確立を」と題する研究集会に助言者として参加してきた。京都府職員労働組合(府職労)が9日に開いた自治研集会だ。京都府といえば私の古巣、1971年から98年まで府立大学に28年近くも勤めた。この間、私は労働組合の支部長にも何回か推された。大学の労働組合だからストライキらしいこと一つやったことがないが、それでも当時は一端の活動家気取りだったので担ぎだされたのだろう。
府職労は真面目な組合だ。「真面目すぎる!」といった方がよいかもしれない。京都府の職員は丹波・丹後など郡部の農家出身の子女が多い。もともと純朴で真面目な青年たちがお役所に入るのだから、ますます真面目でカタパンになる。だから、やや不良気味の大学教員たちが府職労との付き合いに馴れるまでにはかなりの時間がかかるというものだ。私など組合幹部(とくに当時の委員長、名は秘す)とどれほど衝突したか数知れない。
さはさりながら、府職労は「憲法知事」といわれた蜷川虎三氏の熱烈な支持者であり、かつ蜷川府政の忠実な執行者だった。「憲法を暮らしに生かす」というスローガン(いまでいえば、キャッチコピー)を日常的な仕事にどう生かすか、府職労はその先頭にたって頑張ってきたのは事実である。現在ほどの危機的状況ならともかく、護憲勢力が国会の三分の一以上を安定的に占めていたその時代に、「ポケット憲法」(ポケットに入る程度の小冊子にまとめた憲法の条文)をつくって普及に勤め、ことあるたびに憲法の重要性を説き続けた蜷川知事は本当に偉かったと思う。
だから1978年に保守府政に転換して以来、憲法を暮らしに生かす府政の奪還は府職労の悲願といえる。今年の自治研集会が改めて憲法擁護を掲げたのは、憲法9条の危機を目前にしているともいえるが、30年近くにわたって府職労が掲げ続けてきた政治スローガンの再確認でもあったのだろう。
集会は午前中が小森陽一氏の「いまなぜ憲法9条か」という基調講演、午後が10分科会に分かれての報告と討論である。小森氏は「9条の会」の全国事務局長、大江健三郎氏と親交があり、東大で近代文学を教えている教授だそうだが、講演は国際政治・交際経済が中心で「国際政治経済学者」といっていいほどの内容だった。折しも私の手元には、同じ「9条の会」の全国事務局次長の渡辺治氏(一橋大学教授)から『憲法「改正」、軍事大国化・構造改革から改憲へ』(旬報社)が届いたばかりだった。渾身の力を込めて奮闘しているお二人の若手教授の活動を目の当たりに見ては、こちらも頑張らざるを得ない。改めて元気をもらったような気がした。
私が担当する分科会は、「府民にとっての安心・安全とはー防災・有事を考える」というもので、4人の報告があった。昨年10月の台風23号にともなう京都府や地元自治体の対応についてが2人、京都市内の住宅耐震工事の問題点とJR西日本宝塚線事故についてが各1人である。
内容の詳細については省くが、そこで浮かび上がってきたキーワードは「モラル・ハザード」すなわち公務労働における職業倫理の荒廃である。たとえば、台風23号では国や地方自治体間の災害情報の伝達がうまくつながらず、高齢者たち一行が水没した観光バスの屋根の上で決死の一夜を明かすという危機的状況が発生した(奇しくも自治研集会の前夜に、NHKの「関西クローズアップ現代」で高齢者たちの懸命の行動を描いたドキュメント番組が放映された)。しかし、それと同様のことが地元自治体の多くで起こっていたことが口々に報告されたのである。
たとえば舞鶴市では、上は市長から下は防災担当の係員に至るまでほとんど弁明もできないような深刻なモラル・ハザードが発生していた。当時、由良川はもとより市内の河川水位が刻々と上昇していたにもかかわらず、市長は市民への退避勧告ひとつ出すこともなく、係員は京都府からの危険情報を放置したまま時間をいたずらに空費していた。また市内の中心商店街では、道に溢れた増水で身動きができなくなった買い物客が市の集会施設への避難を求めたにもかかわらず、施設管理人は「館内が汚れる」という理由で買い物客を拒んだというのである。幸い買い物客は近くにあった郵便局の二階に上げてもらえたので難を逃れたというが、このような状況をモラル・ハザードと言わずしていったい何というのだろうか。
後日談も凄い。市内一帯の床下・床上浸水が一巡したころになって、市の広報車が「ただいま断水しています」とふれまわったというのだ。彼らはいったいどんな状況判断に基づいて行動したのだろう。またその頃になって、市長は背広・ネクタイ姿で市内の一部を視察したのだそうだ。
まだある。バスの水没現場に近い加佐地区では完全な床上浸水となり、集落が孤立したが、一夜明けても市からは水や緊急食料が全く届かない。市の職員は誰一人来なかったのである。またこの頃、近畿各自治体の労働組合が支援のためにボランティア派遣を舞鶴市の労働組合に申し出たが、「受け入れ態勢ができていない」という理由で断わられたという。公務労働に従事する労働者がいま何をしなければならないかという意識が全く欠落しているのである。おそるべきモラルの荒廃と頽廃ではないか。
同様のことは、JR西日本の脱線事故でも発生した。国労組合員の報告によれば、たまたま通勤途上で乗車していた運転士が脱線事故を目前にしながら、救出活動ひとつせず、司令室の指示に従って他の勤務場所に赴いたというのだ。沿線にあった町工場の工場長や従業員が仕事を放り出して懸命の救出活動に当たっているというのにである。また、事故当日にJR職員がボーリング大会と宴会をかねてからの予定通り開催し、そこへ民主党の議員も参加していたのは有名な話だ。
このような事態は、10年前の阪神・淡路大震災当時の神戸市職員の行動を思い起こさせる。土木出身の都市計画局長上がりの笹山市長以下、大震災を「千載一遇の機会」ととらえる職員たちが、震災の翌日から市街地現場の「焼け具合」の調査を始めるのである。木造住宅が密集する市街地をこの際一挙に再開発するための調査だ。家の下敷きになって救出を求めている被災者を目前にしながら、地図上に焼跡を記録し続けた都市計画局や住宅局の職員たちはいったいどんな思いでこんな仕事をこなしていたのだろう。
これにも興味深い後日談がある。こんな空恐ろしいような事実が新聞報道や関係者の発言で次第に明らかになってきた数年後、私は学会の機関紙や自治体関係の雑誌に事態の経過とともに神戸市都市計画局の非人道的体質を厳しく告発したところ、「そんな事実はない」と強く抗議してきたのが神戸市職員労働組合(市労連)の都市計画支部長そして委員長だった。大阪市と同じく、当局・議会・労働組合が三位一体構造を形成している神戸市では、神戸市に対する私の批判は市労連への批判と受け止めたのであろう。
もちろん詳細な事実根拠に基づいた私の反論によって、彼らはその後沈黙せざるを得なかったが、そんな「居直り」のなかに、公務労働者としての恐ろしいまでの頽廃ぶりを見るのは私一人ではあるまい(目下、市労連は目前に迫った市長選挙に当局の先頭に立って狂奔している)。
小泉構造改革に基づく公行政の解体と民営化は、いま自治体の職場で上から下までの激しいモラル・ハザードを引き起こしている。また改憲への動きはその国家レベル・国民レベルでの展開であろう。公務労働における職業倫理の荒廃はすなわち公共性の内からの崩壊につながる。私たちは改憲運動や民営化の表面だけに目を向けるのではなく、公務労働者の人格の荒廃や頽廃など「内なる崩壊」の進行についてももっと注意を払う必要がある。そのためには、このような自治研集会にはもっと多くの市民・住民が参加出来るような工夫をしなければならないだろう。私の最後の提案は、このような集会を府下各地域で、しかも住民と共同で開催してはどうかというものだった。