7月7日:レバノンの赤ワイン

 季節はいつのまにか夏に向かおうとしている。大学での講義もいよいよ終盤に差しかかった。でも教室の温度が日増しに上がっているせいか、学生たちの集中はいまひとつ。夏休みが待ち遠しい。

 しかし、そんな中弛みを吹き飛ばすような刺激に満ちた会合がある。市長選がきっかけで生まれたジャーナリストOBたちの集まりだ。その5月例会と7月例会に特別ゲストが連続して参加された。元レバノン大使の天木直人氏である。今春、龍谷大学を定年退職された坂井定雄名誉教授が、ジュネーブとベイルート勤務の時代に天木氏と交遊関係があったのが縁で来ていただくことになった。

天木氏は、アメリカに追随することしか知らない日本の外交政策に疑問を感じ、イラクへの自衛隊派遣に対しては真っ向から反対意見を外務省首脳に直言した気骨ある外交官だ。だが、そこで待っていたのは外交官としての職を失うことだった。5月例会ではオフレコの話を含めて、それまでの経緯やその後の状況について忌憚のない意見をうかがった。

 氏によれば、日本外交には長期的な視野と戦略がないのだという。とりわけ小泉政権が誕生してからというものは、アメリカそれもブッシュ大統領と仲よくしておればあとは全てうまくいくといった近視眼的な傾向がいっそうあらわになった。もともと小泉氏自身は外交にはほとんど興味を示さない国内政治家だったが、その延長線上で外交政策をやろうとすると、いきおいブッシュ大統領との個人的関係レベルでの外交判断ぐらいしかできないらしい。従来から中国や韓国を含めたアジア外交などには全く関心を示さず、したがって戦略的な理解や判断に必要な基本的な知識や教養が皆無なのだ。小泉政権になってから、日本外交はもう後戻りができないほどアメリカとの泥沼関係に足を踏み入れたのではないか。こんなため息の出るような内容が淡々と語られた。

 通常、マスコミやジャーナリズムの世界で語られる小泉評には馴れている面々も、職業外交官からかくもあっけらかんと言われると、「その程度の人物がどうして首相になれるのか」と考え込んでしまう。実際、靖国問題をはじめとして、小泉氏の言動が初歩的な外交上の誤りを冒していることは子どもでもわかる水準のものだ。国連の安保常任理事国になりたいといいながら、拒否権を持つ中国の神経を逆撫でするようなことばかりしているのはどうしたことか。また中国との貿易がアメリカを上回り、アジア全体ではもはや比較にならないほどの規模に達しているにもかかわらず、その中核である中国と韓国との外交関係を平気で損なうような状況をつくりだすなど、「経済合理性」からみても不都合極まることではないか。まともな政治家なら、資本家や経営者ならずとも誰でもわかることだ。

 話は、最近の中国や韓国の国民感情やマスメディア状況に移った。小泉陣営や日本の右派ジャーナリズムから流されている意識的な論調に、「中国や韓国は自らへの政権批判をそらすために反日感情をあおっている」というのがあるが、これなど「木を見て森を見ない」類の雑言として歯牙にもかけられていない。それどころか、もはや「小泉政権のもとではまともな議論はできない」との世論が完全に出来上がっているそうだ。首脳会談の相手にもされないような一国の首相など何の価値もないではないか。そろそろ日本の国民が気づいてもいいころだろう。

 それにしても小泉政権の支持率が一向に下がらないのはどうしてなのか。読売・産経・日経などの大手右派メディアが一貫して支えているからともいえるが、朝日・毎日にしても批判的視点がもう一つ確かでないことも影響している。朝日などは、郵政民営化賛成、消費税アップなどで政策的には基本的に民主党と同一歩調だから、それとあまり違わない自民党を正面切って批判出来ないのだろう。NHKに至っては政治問題を取り上げること自体に及び腰だ。どこそこの野球選手が今日はヒットを打った、いや三振をしたといった周辺情報はやたら詳細に報道するが、肝心の政治問題にはほとんど踏み込まないのである。

 それからもうひとつ、公明党がなぜかくも政治的影響力を維持しているのかということも七不思議のひとつだ。これもマスメディアの世界で、公明党がほとんど本格的な批判にさらされていないことと大いに関係がありそうだ。新聞関係者の話では、公明新聞の印刷を全国紙や地方紙の多くが引き受けているのだという。公明党はきわめて狡猾な政党だ。自前の印刷所をもてる条件がありすぎるほどあるにもかかわらず、持とうとしない。他社へ印刷を委託することによって利益を供用し、公明党を批判する他紙には契約を打ち切るという形で圧力をかけるのだ。経営上の採算を重視する経営者サイドから、公明党批判をなるべく控えるようにというサインがとかく送られてくるのはむべなるかな、というべきだろう。

 昨夜の7月例会はいつになく盛り上がった。天木氏が日本では初公開のレバノンワインを持参してみんなにふるまっていただいたからだ。セント・トーマスという名の1.5リッター入りの赤ワインである。味もよし、香りもよしで一同大満足。このワインの代理店の権利を獲得して一手販売したらどうかなど、冗談か本気かわからない会話も飛び交った。天木氏は京都出身で当分は関西に在住されるとか、またの機会には、今度は白ワイン持参できていいただきたとお願いした。