5月21日
少し時間をさかのぼるが、日本でいえば端午の節句の日、5月5日にイギリスの総選挙があった。リバプール市に調査に行った3日目のことだ。候補者カーが「最後のお願い」を連呼して1日中選挙区を駈け回る日本と違って、「どこで選挙をやってるの」と思うぐらい街頭風景は日常そのものだ。候補者ポスターも政党ビラや看板もなにひとつ見当たらない。ホテルが都心近くだった所為かも知れないが、それにしても大々的な選挙キャンペーンを予期していただけに拍子抜けがした。しかし新聞やテレビでは選挙一色の報道なので、やはり国民の関心が相当高かったことをうかがわせる。
周知の如く、イギリスの総選挙は各選挙区で相対的多数を獲得した候補者1人が当選する単純小選挙区制だ。今回の総選挙は全国646選挙区(うち1選挙区は候補者の死亡により延期)、1選挙区あたり平均有権者数は6〜7万人、投票率を60%前後だとすると凡そ2万票を獲得すれば過半数となり絶対に当選できる。国会議員選挙にしては、驚くほど少ない票数で当選できるわけだ。
まず全国状況をみると、昨年末に登録されたイギリス全土の有権者数は4418万人、投票率は前回よりも2%ほど高い61.3%だった。政党別得票率は、労働党・レイバー35.2%(前回比−5.5%)、保守党・トーリー32.3%(+0.6%)、自由民主党・リベラル・デモクラッツ22.0%(+3.7%)、その他政党10.5%(+1.4%)だ。議席数は、労働党356議席(55.2%、前回比−47議席)、保守党197議席(30.5%、+33議席)、自由民主党62議席(9.6%、+11議席)、その他諸政党30議席(4.7%、+3議席)となって、労働党が大幅に後退した。
労働党が後退した最大の原因はいうまでもなくイラク戦争だ。イラク戦争への加担をめぐってはもともと労働党内部にも強い反対勢力があり、閣僚でもプレスコット副首相やブラウン蔵相と並んで「ビッグ・フォア」の位置にあったロビン・クック外相、女性閣僚で国民的人気の高かったクレア・ショート国際開発相がイラク戦争の開戦前後に相次いで反対の意思を表明して辞任した。またイラク戦争に強く反対して労働党を除名されたギャロウェイ議員がロンドン中心部のベスナルグリーン選挙区から「リスペクト」という政党を作って立候補し、トニー・ブレア首相の秘蔵っ子といわれたキング女史を823票の僅差(1万5801票と1万4978票)で破って劇的な勝利を収めた。当選した多くの労働党候補者は、1997年総選挙では「ブレア党首のおかげで当選した」が、今回の総選挙では「ブレア党首であるにもかかわらず当選した」と口々に述べている。
それでは、最大の争点となったイラク戦争についていったいどんな選挙公約が打ち出されていたのか。各政党の政策を知りたくてマニフェスト(選挙綱領)を買いにいった。労働党と保守党のマニフェストは駅の書店で簡単に手に入ったが、自由民主党のがなかなか見つからない。リバプールとマンチエスターの大きな書店をほぼ回ったが駄目だった。ロンドンにでも行けば入手できるのだろうが、これも現在の政党間の力関係を反映しているのだろうと思って諦めた。
「労働党マニフェスト2005」は、日本でいえば新書版のハンディな112頁の冊子だ。値段は2.5ポンドだから550円ぐらいだろう。朱色の表紙には「イギリスは前進あるのみ」と書いてあって、ブレア首相の写真は表紙にはなかった。そこでイラク戦争に関する項目や記述を目を皿のようにして探したがなかなか見つからない。マニフェストは、経済、教育、治安、保健、高齢者、家族、国際関係、生活の質、民主主義の9章から構成されている。ブレア政権がいかに外交問題や国際紛争問題を避けて内政問題中心のマニフェストを作ったか、その苦心が分かるというものだ。
私のみる限りイラクの名前が出てくるのが僅か2ヵ所、第7章の国際関係の「あなたの安全を守るために」という小見出しのところの「われわれは国連やその他諸国と緊密に連携してアフガニスタンとイラクにおけるテロの脅威と戦ってきた」という一節、そして「我々の軍隊を支持する」という小見出しの中の「我が軍隊がアフガニスタン、イラク、シエラ・レオーネ、バルカン等の諸地域で勇敢かつ高度な武力展開をなし得たことを非常に誇りに思う」という一節だけだ。そこには「イラク戦争」という文字もなければ、もちろん「アメリカ」や「ブッシュ」の名前もない。このようにブレア政権は徹底的に「イラク戦争隠し」のマニフェスト選挙を展開しながら、次々とマスメディアを通して暴露される秘密裏のイラク戦争への加担を国民に見抜かれて後退せざるを得なかったのである。
一方、保守党は善戦したものの、元々はイラク戦争に賛成の方針なので攻撃に精彩を欠いた。イラク戦争の大儀について触れることをできるだけ避け、ブレア首相が「イラク戦争で嘘をついた」ことに絞って追求するという姑息な戦術を取った(取らざるを得なかった)ために、真正面からイラク戦争反対の論陣を張った自由民主党に多くの批判票が流れた。
保守党のマニフェストはA4版の白い表紙で28頁の簡単なものだ。写真やマジックで殴り書きしたようなイラストが半分ぐらいを占めていて、実質的な内容は10頁分にも満たないのではないか。保守党の政策能力については、政権から離れたこの8年間に「地まで落ちた」とまで言われていたが、このマニフェストを見てその凋落ぶりを実感した。「ニューレイバー」を標榜するブレア政権が保守党のお株を奪うような右よりの政策を次々と打ち出し、かっての保守党を支えたブレインたちが根こそぎブレア政権に吸収されていったためである。だからマイケル・ハワード党首は議席増を獲得したにもかかわらず、「保守党の体質を抜本的に変えなければ次期総選挙の勝利は望めない」といって、自らの退陣表明と引き換えに現執行部の刷新を求めたのである(続く)。