5月15日

(続き)実質的な政策転換は、すでにサッチャー政権からメジャー政権への保守党内部での政権交代の頃から始まっていた。しかしそれがより鮮明になったのは、1997年のブレア労働党政権の登場からのことだ。またリバプール市においてもミリタント・レイバーが市民の支持を失って徐々に後退し、1999年末に至って「自由民主党」が自治体運営と都市開発の主導権を握ることになった。そして識見と行政能力に優れた多数の管理職が新しくリクルートされることにより、従来の行政組織は一新された。中央政府においても政策的にも都市開発公社やエンタプライズ・ゾーンといったトップダウン型の開発手法は姿を消し、代わって「パートナーシップ」をキーワードとするよりソフトなメニューやツールが全面に出るようになった。

  パートナーシップとは、文字通り関係機関・関係者の合意と協調に基づいて事業を進めることだ。旧来の国と地方自治体との間でみられたような「命令と服従あるいは抵抗」といった垂直関係ではなく、関係者の「合意と協調」という水平関係に基づく協力システムのことである。1980年代から90年代にかけてイギリス各地で展開されたトップダウンの不動産投資型都市開発事業が次々と失敗していく中で、漸くにしてその歴史的教訓に学んだパートナーシップ型の都市再生事業が登場してきたといえる。例えば、これはイングランドに限定される制度であるが、中央政府・地方自治体・民間企業がパートナーシップを組んで開発事業の受け皿となり、補助金は地区指定ではなく事業そのものに対して交付されるという事業主体(の協調性)をより重視した「イングリッシュ・パートナーシップ」が始まった。また地方自治体と民間企業が都市活性化補助金の受け皿となる第3セクターをつくり、進出企業の希望先に応じて立地場所を選択させるという、より自由度の高い「シティ・チャレンジ」もスタートした。

  しかしながら、これらのパートナーシップ事業になお限界があるとすれば、それは市民の参加が事業の中で正当に位置付けられていないことだ。中央政府に対しては地方自治体のイニシアチブを強調して止まない自治体テクノクラート(計画官僚)においても、民間部門はすなわち民間企業だとみなし、市民団体やNPO・NGOを都市再生事業の不可欠のパートナーとして位置づける視点はほとんどなかった。これは彼らの考え方が事業が成功しさえすれば、開発成果は自動的に就労機会の提供、所得・生活水準の向上、居住環境の改善、地域イメージの再生などに波及していくはずとの「トリクルダウン効果説」に基づいていたためである。だが階級・階層分化の激しいイギリス社会では、地方自治体レベルにおいても開発成果が地域全体にわたって波及していくほどコミュニティが均質であるはずがない。黒人をはじめ多くの少数民族は地域社会の中で孤立し、「ソーシャル・エクスクルージョン」(社会的排斥)といわれる差別的状況の中で苦しんでいる。ミドルクラス出身のテクノクラートが主導するパートナーシップは、スタート地点から「ソーシャル・インクルージョン」(社会的協調)も視点を欠いていたのである。

  一方、リバプール市のような労働党左派自治体においても、市民を都市再生事業のパートナーとして位置づける視点は別の意味で弱かった。労働党の伝統的な支持層は労働組合の組合員であり、組合員は組合幹部の意向や決定を組合の規律として無条件に従うことが求められてきた。これに対して市民参加を要求する市民は主としてミドルクラスに属する知識層が多く、彼らは労働党幹部にとっては階級を異にする「ウイ・アンド・ゼム」(我らと彼ら)の関係にあると見なされてきた。つまり彼らの事業参加を認めることは、ミドルクラスの要求に労働者階級が屈することにつながるとの階級的対抗(警戒)意識がきわめて強かったのである。このように、いわば階級・階層を超えて広範な市民の英知と熱意を調達できなかったところに労働党左派自治体の限界があり、そこにミドルクラスはもとより労働者からも信頼を失っていった遠因が求められよう。

  この突破口を切り開いたのが地方自治体・市民・企業が三位一体となって地域環境の改善に取り組む「グラウンドワーク」、そしてコミュニティの持続的発展と近隣地区の再生を目的として関係組織の横断的連携を橋渡しする「ローカル・ストラテジック・パートナーシップ」(LSP:地域戦略パートナーシップ)である。私たちの今回の調査目的は、現時点においてイギリスの中でも最も先進的な地域戦略パートナーシップを展開しているリバプール市を対象にして、その実態を現地でつぶさに検証しようというものだ。調査結果については、いずれ正式の調査報告書が龍谷大学から刊行されるので、ここではごく簡単な印象程度の記述に留めたい。

  リバプール市における調査戦略パートナーシップの特徴の第1は、リバプール市当局自身がパートナーシップを推進するために必要な大幅な行政組織改革を2000年以降継続的に行ってきたことである。2005年現在のパートナーシップ機構は、市議会リーダーすなわち市長が代表を務める「リバプール(パートナーシップ)評議会」と市総務局長が代表を勤める「リバプール・パートナーシップ・グループ」という2つのコア組織があり、これに「近隣地区再生戦略グループ」(代表:住宅近隣局次長)、「都心総合開発計画評議会」(代表:都市再生局長)、「近隣地区再生プログラムグループ」(代表:都市再生局部長)という3つの横断組織が付属している。またコア組織にはこの他にも「教育」(代表:市立大学長)、「雇用」(代表:雇用センター長)、「健康」(代表:医療トラスト代表)、「治安」(代表:コミュニティ治安局次長)、「住宅」(代表:住宅トラスト代表)、「文化」(代表:マージーサイド国立美術館長)の6つの部門別パートナーシップ組織が付属している。加えて、パートナーシップに基づく近隣地区運営サービスのために市内を7地区に分けて各支所を設置し、それぞれ支配人とスタッフを配置している。いわばリバプール市が当面する都市衰退地域の再生のために、関係者の縦横斜めの政策的結集を可能にする仕組みがパートナーシップ機構として具体化されているわけだ。

  第2の特徴は、「リバプール・コミュニティ・ネットワーク」という非営利の中間支援組織が全市的かつ系統的なコミュニティ支援活動を展開していることだ。2001年に近隣地区再生事業への市民参加組織として設立されたコミュニティネットワークは、数十人の専従スタッフを擁し、1300を超えるボランティア団体・コミュニティ組織・宗教団体から構成される全構成人数が6万5千人に及ぶ大規模なNPOであり、NGOである。コミュニティネットワークの主目的は、市内各団体の交流をはじめとして広範な市民の行政参加を促進してパートナーシップの実を挙げること、各方面の専門家・専門団体の協力を得て「コミュニティ再生」「高齢者」「少数民族」「宗教」「障害者」「芸術文化」「環境」「福祉」「子ども・青年」の主要課題に関するフォーラムを開催して問題点を解明し改善策を提案すること、各団体の活動についての相談や助言に応じることなどである。

実際、その活動ポテンシャルは凄まじいものがあり、青年中心のスタッフでもなければとても身体がもたないのではないかとさえ思われた。

  第3の特徴は、パートナーシップの活動内容のユニークさとその中での人脈の縦横なつながりの妙である。コミュニティネットワークはそれぞれのテーマに関する市のパートナーシップ機構に代表を送って意見を反映させるかたわら、パートナーシップ機構の事務局との緊密な人間関係を通して自由な意見交換のパイプラインを構築している。例えば、今回の私たちの調査のコーディネーターとして一切のスケジュールを仕切っていただいた中年女性のペニーさんは、市のパートナーシップ機構の2つのコア組織と近隣地区再生戦略グループの事務局長を兼任しているというリバプール市の中でも最高の要職にありながら、一方でコミュニティネットワークの幹部ともきわめて親しい日常的な信頼関係を築いている稀有の人でもある。そしてそのような信頼関係を基礎に、多様な構成メンバーが参加するそれぞれのパートナーシップでの意見を調整し、政府補助金や各機関の予算などを調達し、目的に向かって実施体制を整えていくといった驚くべきコーディネーターぶりを発揮するのである。

  このことは、合意と協調に基づくパートナーシップが実は単なる制度ではなく、柔軟で信頼の置ける人間関係を基礎にしてはじめて機能するものであることを示している。パートナーシップ機構に参加している行政当局の各部署はそれぞれの人員や予算を確保しているわけで、その執行権限まで介入されているわけではない。しかし行政資源だけではもはや当面する課題に立ち向かうことは到底不可能であることも熟知しているがゆえに、幅広いパートナーシップを通して民間企業や市民団体の多様な資源を調達し、合意と協調による政策効果を追求しようとするのである。このように公共セクター・企業セクター・市民セクターのそれぞれの持つ資源の特質を生かして相互に補完し合いながら、都市衰退地域の最大の難関であり、かつ最大の資源でもあるコミュニティのマンパワーを育てていこうとするのが地域戦略パートナーシップの本質なのであろう。

  次回は少し時間がかかるかも知れないが、5月5日に行われたイギリス総選挙とブレア労働党政権の3選問題を取り上げてみたい。