4月8日
(前回からの続き)しかしながら目下の最大の問題点は、大阪市の「職員厚遇問題」に関するマスメディアの一連のセンセーショナルな報道に象徴されるように、このゼネコン行政に対する市民の怒りと批判が新自由主義・グローバリズムと小さな政府論を主軸とする「ネオコン行政」への推進力として利用され、流し込まれていっていることである。これは自民党の土建国家体制に対する国民の怒りが「小泉構造改革」によって掬い取られ、また民主党への追い風となってネオコン国家へと誘導されていった構図と瓜ふたつといえるだろう。
「ネオコン行政」とは、市場万能主義に立脚する新自由主義改革を推進する行政のことであり、要するに財界や民主党が絶賛する「カルロス・ゴーンの地方行政版」だと思えばよい。日本を国際競争力のある(トヨタなど多国籍企業を中心とする)グローバル国家として改造するために、中央政府は国際競争力を高めるための経済・軍事・外交・研究技術開発などに国家財政を重点投資できる体制に集中し、その一方、国際競争力とは関係のない内政分野については、「地方分権」などと称して地方行政に丸投げしてしまう一連の中央集権的行政改革のことだ。しかし当然のことながら地方交付税や国庫補助金などの財源は大幅削減されるので、農山村部の公共事業や教育・福祉・医療など国民の生活保障に不可欠の公共サービス・公共事業の民営化によって公共部門を縮小し、その担い手としての公務員を減らし、挙句の果ては地方自治体そのものを大合併してリストラしてしまうことが必要になる。
ところが皮肉なことに、地方自治体のネオコン行政化にとっての目下の最大の障害がこれまで自民党政治が育成してきたゼネコン行政なのである。自民党は草の根保守層を自らの選挙基盤・政治基盤として維持するためにさまざまな公共事業・開発事業を推進してきた。そしてその過程において、大阪市や神戸市のような強固な土建利益共同体すなわちゼネコン都市が出来上がってしまったというわけだ。周知のように大阪市は神戸市にくらべてもゼネコン体質が一段と濃く、ゼネコン行政を市民の目で打開する自浄能力はまったくない。市民不在の市役所一家意識が庁内に充満し、当局・議会・労働組合のいずれもが改革に対する「総抵抗勢力」と化しているからだ。だから外部からのゼネコン行政批判をかわそうとすれば、いきおいそれは「ネオコン外部専門家」(本間阪大教授、上山慶大教授、吉田京大教授等)の手を借りて徐々に「ネオコン行政」への転換を図る道しかない。それが今回の大阪市内部の市政改革のシナリオだった。
食い違いが生じたのは、転換の規模とスピ−ドについてである。外部専門家は関市長をはじめ大阪市幹部が考えているような庁内抵抗勢力と妥協しながらの「軟着陸シナリオ」には我慢がならなかった。加えてこれら専門家各氏は並の専門家ではない。本間氏は小泉内閣の経済財政諮問会議の民間議員で竹中経済財政金融大臣の兄貴分、上山氏は政令指定都市ではネオコン行政の先頭を走る中田横浜市政のブレーン、吉田氏は大蔵官僚出身で財界や民主党から京都府知事候補として強く推薦されたほどのネオコン理論家だ。大阪市が考えていたような、答申文だけを書いてもらって「はいさよなら」と引き下がっていただけるようなこれまでの審議会メンバーとは全く違う。具体的な実行が伴わないような答申は意味がない、大阪市が実行できなければ「代わってやってやろう」と考えるほどの強力な専門家集団なのである。
しかしこのような外部専門家の行動様式は、大阪市のゼネコン市役所一家にとってはまるでインベーダーのように脅威として映った。だから大阪市が「中央からの権力的人事介入」に反対という理由で大阪市が本間氏外しに出たのは当然の帰結だったのである。これが今回の一連の騒動の背景だ。しかし、市民生活を支え住民自治を発展させるための公行政を守り推進する立場に立たない限り、ゼネコン行政はネオコン行政に対抗することができない。早晩、大阪市の市役所一家行政の完全敗北は必至であり、そのときは横浜市を上回る大リストラ外科手術が実施されるだろう。そして市民生活の直結する行政サービス削減と職員人件費の大幅削減によって新たな生み出された財源は、大阪財界の掲げる「都市格の向上にともなう国際集客都市」の再生に充当されるだろう。
この点に関しては神戸市はもう少し巧妙だ。財政破綻の根本原因がゼネコン行政にあることを「震災」を口実にして隠蔽し、かつ大阪市のように労働組合を「敵」にまわすことなく、リストラのパートナーに仕立て上げようとしている。だが、神戸市にも決定的な弱点がある。それは「神戸空港建設」と「長田駅前市街地再開発事業」の先行き不安(破綻)であり、新たに浮上した「神戸中央市立病院移転新築問題」である。前者の2大事業は数年足らずして計画的にも財政的にも「世紀の失敗」だったことが明らかになるであろうし、後者は神戸市が起死回生策として取り組んでいる「医療産業都市構想」の道具として、市民の保健医療の中核機関である中央病院を使おうとするもので、市民医療の本旨に逆行する点からも財政の無駄遣いという点からも、次の市長選挙の最大の争点になると思われる。そして今後予測される事態は、すでに起債比率が予算の26%近くに達している神戸市財政がこれら事業のさらなる赤字で完全にパンクし、政令指定都市で最初の「赤字再建団体」としてネオコン行政を強要されるという構図であろう。
すでに石原東京都政・中田横浜市政では、一方では「都市再生特区事業」という新たな都市開発戦略の展開すなわち「集中と選択を原則とする都市開発事業」を推進するかたわら、他方では驚くべき乱暴な公共サービスの民営化(病院、地下鉄・バス、保育所、住宅、大学など)に基づく露骨なネオコン行政を強行している。またこのような動きは、石原知事が提唱する「首都圏自治体連合」によって一層加速されようとしている。このような動きを推進する政府・財界にとっては「関西は遅れている」との不満が充満しており、その突破口として今回の大阪市職員厚遇問題が位置付けられている。自民党調査団が大阪市に派遣されてきたのも、関西財界が本格的に「外部からの改革」に乗り出してきたのもその兆候だと言えるだろう。またつい最近になって始まった国税局の神戸市税務調査もそのパフォーマンスの一環として把握できる。事態は明らかに、大阪市・神戸市のネオコン都市化への転換が国家的戦略のもとで実行されようとしていることを示している。
遠からずに行われる大阪市長選挙と神戸市長選挙においては、これまでのような市役所一家を代表する身内市長ではなく、従来とは異なったネオコン候補者の擁立が現実化するだろう。このような時代に備えて、神戸の市民運動は従来型の「ゼネコン行政の後始末」に対する批判を繰り返すだけでは不充分であり、次にやってくる「ネオコン行政に対置する戦略や政策」が求められる。これが私の神戸市民へのメッセージだ。