3月23日

  このところ細々とした雑用が多い所為か、やけに時間の過ぎるのが早い。この日記も普段は仕事の隙間を縫って書いているのだが、最近ではその隙間さえなかなか確保できない状況だ。大きなイベントの話になると、とても一回では書き切れない。しかしイベントが終わってからじっくりと書こうと思っても、それがなかなかフォローできないのである。この間の左京区の集まりの話もそのままだ。まとまった感想を書く前に次のスケジュールの話が重なってしまい、つい過ぎ去ったことを省略してしまいがちになってしまう。これでは「その日暮し」そのものではないか。日々の慌しい時間の流れの中でふと立ち止まり、そこで見たこと、聞いたことの意味をじっくりと考えてみる。そんなところに「つれづれ」の意味があるとすれば、もっと日々の行動についての深い反芻が必要だ。自戒することしきりである。

  そんなことで今日は20日の学会の話を書くことにした。学会というところは震災復興といった緊急課題に直面することもあるが、私たちのような住宅問題やまちづくりなど現代的テーマを対象とする(実務系の)学会でも、通常は中長期的な研究課題に取り組む場合が多い。生き馬の目を抜くような厳しい世界に置かれている民間企業や行政機関とは異なり、「時代の流れ」を読み「その行方」を考えるというのが学会の役割であり使命だと思っているからだ。

  今回の研究テーマも今日明日にかかわる緊急の話ではない。しかし10年後20年後にはのっぴきならぬ事態になっていることが確実な遠隔郊外住宅地の行末の話である。報告は3件、いずれも1970年代から開発が始まった初期の民間ニュータウン・住宅団地が対象である。第1ケースが兵庫県川西市の能勢電鉄終点付近の2つの民間ニュータウン(武庫川女子大角野研究室)、第2ケースが奈良県と三重県の県境に近い近鉄大阪線榛原駅からバスで10分前後の民間住宅団地(奈良女子大今井研究室)、第3ケースが三重県の近鉄大阪線名張駅周辺の複数の民間住宅団地(近畿大学安藤研究室)の報告である。

  これら遠隔の郊外住宅地に共通していることは、開発時期がいずれも1970年代であることから、入居者の中心がいわゆる団塊世代であり、これから続々と退職者が増えてくること、そして高齢者の仲間入りをしてくることだ。入居時には働き盛りの30歳から40歳台だった人たちがそれから30年前後の時間が経過した現在、一斉に退職年齢に到達しているのである。

  だが各研究室の居住者のアンケート調査結果を聞いて意外だったのは、この世代が案外自分たちの行末に対して楽観的なのである。元気な間は自分たち夫婦あるいは自分ひとりだけでも暮らしていけるし、介護が必要になったときは子ども家族に同居してもらうつもりでいる。交通が不便で周辺の商店が寂れていくことには不満感は持っているが、自然環境がゆたかで周辺が静かであることには満足している。そして周囲にはまだ空家もそれほど目立っていないから不安感は感じていない。シニカルな発言で知られるある文化人類学系の研究者などは、「みんなこれほど機嫌よく暮らしているのに、今頃からどうして大変だ大変だという必要があるのか」と皮肉たっぷりに質問していたほどだ。

  まだ研究の途中なので断定的なことはいえないが、それでも討論を通して幾つか明らかになってきたことがある。それはこれら初期開発のニュータウン・住宅団地においては、居住者自身が郊外生活に積極的な意義を求めて移り住んだ世代が多いということだ。高度経済成長時代の大都市の住宅問題や公害問題から逃れて自然環境のゆたかな郊外でマイホームを築きたい。これが団塊世代の夢だったのであり、それを満たしたのが郊外ニュータウン・住宅団地だった。いわば「ニュータウン第1世代」は自らのライフスタイルを実現するために主体的に郊外住宅地を選択したのであって、都心や周辺市街地で住宅を入手出来なかったから「止むを得ず郊外に出たわけではない」ということなのである。

  だがこれに対して、「第2世代は違う」というのが討論の中心だった。マイホーム実現のためには遠距離通勤を厭わなかった第1世代に対して、第2世代は「そんな無駄な時間は使いたくない」と思っている。それに「夫は会社、妻や家庭」といった性別役割分業を前提とした当時のジェンダー意識は、今ではもはや化石扱いされるほどの変わりようだ。「専業主婦願望」の女の子なんてどこを探してもいない。昔なら子育て期に郊外に出た若者たちが今や通勤に便利な都心や市街地のマンションに集中しているのはそのためだ。だからたとえ親世代が要介護状態になったとしても、子ども家族が遠隔郊外住宅地に引っ越してきてくれるなんて考えが甘すぎる。こんな声が相次いだ。

  そういえば、かっては工場と住宅が入り混じっていて環境が悪いと敬遠されてきた大都市圏インナーシティの混合市街地においても、最近では工場跡地に建売分譲住宅やマンションが建てられるようになり、30歳台の若年家族が入居してくる傾向が明らかになってきている。今回の別の報告でも、尼崎市のJR・阪急・阪神各沿線の駅周辺地域(京都大学高田研究室)、東大阪市内の元工場集積市街地(近畿大学安藤研究室)、堺市都心周辺市街地(立命館大学石原研究室)では、このような「まち中住宅地」の復権がそろって確認されている。そうなると子ども家族が郊外に行く可能性は今後ますます薄くなるので、郊外ニュータウン・住宅団地の第1世代が75歳以上の後期高齢者層に仲間入りする10年後あたりから、郊外住宅地とりわけ遠隔郊外住宅地の危機が顕在化してくる可能性が十分ありそうだ。だいたいこんなところが研究会全体のコンセンサスだった。

  でもよく考えてみると、いまから10年後なんてそれほど遠い将来の話ではない。将来であることには変わりないが、「近未来」ともいうべきごく近い将来のことだ。まして衰退地域でのまちづくりへの取り組みに関しては大変な時間がかかることを思えば、いまから準備を始めても決して早いことはない。この点に関して、報告会のコメンテーターの一人である兵庫県の大町住宅政策係長の発言は会場の注目を一身に集めた。彼は郊外住宅地の空洞化対策として空家を公営住宅として借り上げ、これを定期貸家権付き(期限付きの貸家)の公営住宅として若年家族に供給することを検討しているのだという。借り上げ公営住宅には一定規模以下(86平方米)という国の制約があり、これを上回る規模の空家に適用することは難しいが、兵庫県では「公営住宅借り上げ特区」を申請してこれをクリアーしようと考えているらしい。「予算がないのでいまは何もできない」と二言目には言い訳をするどこかのお役人には、爪の垢でも煎じて飲んでもらいたいような知恵のある話である。