3月11日
左京区は京都市長選で私への投票数が現職候補を上回った唯一の行政区だ。その左京区で選挙戦を支えてくれた面々が集まって、選挙中に私が訴えた「まちづくり論」についてもう一度改めて議論したいとのこと。日頃の地域活動にとって、いったい「まちづくり」がどういう意味をもつのかをじっくり考えてみたいというわけだ。選挙からもう1年余りも経過しているので「今頃どうして」と思ったが、「1年間そのことがずっと頭に引っ掛かっていて離れなかった」なんて言われると、やはり行かないわけにはいかない。
そう言えば、選挙中の演説会でも「まちづくり」という言葉をはじめて聞いた市民が案外沢山いて、こちらの方が却ってドギマギしたものだ。私たちの間ではごく普通の言葉になっているものが、一般市民のところへは日常用語として全く届いていないのである。どうしたら想いを伝えることができるのか、このギャップには正直言って相当に参った。地域や場所によって訴えるテーマを考え、会場に来た人たちの表情を見て語る言葉を即座に選ぶなど、神ならぬ身の凡人には至難の技だからだ。やってみなければわからない選挙特有の難しさを毎日実感したものである。しかし無理もない。約22万項目が収録されている岩波書店の『広辞苑』でさえ、まだ「まちづくり」という言葉は収録されていない。そんな言葉をマニフェストのキーワードにして選挙戦を闘ったのだから、有権者から相当浮き上がっていた選挙だったことは間違いないのである。
でも今回、左京区の人たちが私と議論したいといったのは、もっと深い意味があってのことだ。自分たちの地域活動がどこかで行き詰まっていると感じている人たちが、ひょっとすると「まちづくり」という言葉の中に壁を乗り越えるきっかけがあるのではないかと思ったらしいのである。高度な内容をわかりやすい言葉で説明できるのが真の意味での専門家だとしたら(難しい内容を難しい言葉で話すのは誰でもできる)、まさに「まちづくりの専門家」としての私の真価が問われていることになる。そう思うと、レジュメを作るのもなかなか一筋縄ではいかず、この日の話は講義とゼミの組み合わせにして切り抜けることにした。前半は「まちづくり」という言葉が生まれてきた歴史的背景やその意義について概観し、後半は現在の到達点として「まちづくりの日常化」を挙げ、地域活動の視点から「日常化したまちづくり」の意味をゼミ形式で議論したのである。
私の問題提起はこうだ。「まちづくり」は「都市計画」の対抗概念として1960年代の住民運動・市民運動の中から生まれた。公害反対運動や地域開発反対運動がその舞台だった。そしてまちづくりの中から物的生活空間と地域コミュニティの統一概念である「まち」のイメージが育まれ、重厚長大型の都市計画ではなく、ハードとソフトを統一し、職住遊学が調和したたまちづくりが目指されるようになった。まちづくりは住民・市民の参加意識を高め、主体意識を育てた。しかし都市計画法や建築基準法に基づく現行の都市計画制度は、国家官僚が決定権限を事実上掌握している点で従来から依然として変わっていない。
とはいえ最近の新しい傾向は、そんなことはお構いなしに若者やボランティア団体などが自主的なまちづくりにどんどん取り組んでいることだ。自分たちがやりたいことを出来るところから着手し、成功すれば継続するし、失敗すれば撤退するという「気軽なまちづくり」があちこちで生まれている。この新しい現象は、まちづくりが始まった頃の反対運動や社会運動とは全く違った水脈の中から生まれてきていると思う。敢えて言うなら、それは「まちづくりの日常化」であり「勝手連のまちづくり」だといえるのではないか。
現在のまちづくりの到達点は「まちづくりの日常化」である。その意味するところは、日常化したまちづくりは必ずしも政治的な問題意識に基づくものでもないし、また社会的使命を背負ったものでもないが、客観的には明らかに都市計画を市民・住民の手に取り戻していく歴史的な運動だということだ。かって都市計画は「お上」のやることとして市民・住民は徹底的に疎外されてきたが、現在は自分たちが関わる「ごく自然で当たり前のこと」として把握されているところにまちづくりをめぐる歴史的な前進を確認できる。そうなると、まちづくりをもっぱら「政治的課題」や「社会的争点」の文脈で捉えてきた地域活動と日常化したまちづくりとの間には、テーマ感覚の上でも行動スタイルの点でもだんだん「ズレ」が生じてくる。地域活動が若者・住民グループ・ボランティア団体などを引きつけらる魅力がないのは、まちづくりそのものをの捉え方に大きなギャップがあるからではないか。
私の提案は「まちづくりの日常化」に対しては「地域活動の日常化」で応じることが必要だということだ。なぜまちづくりが日常化するのか。それは地域における都市問題の質が変化してきているからである。かってのように目に見える形で都市問題が発生した時代は運動に取り組みやすかった。保育所が足りないときは「ポストの数ほどの保育所」を要求すればよかった。でも現在の子どもを取り巻く環境はそれほど単純ではない。閉じこもり、いじめ、アトピー、発育不全、児童虐待、性犯罪、連れ去り、学校侵入などなどあらゆる問題が錯綜している。子ども社会を支える家族や地域コミュニティが崩壊し、それが都市の至る所で噴き出しているのである。
このような状況の下では個々の問題対応もさることながら、中長期的にはまちづくりを通して日常的な人間関係・社会関係を地域の中で構築していくこと以外に方法がない。イギリスの「グラウンドワーク」というまちづくりは、これまで主としてハードな文脈で捉えられていたまちづくりをソフトなコミュニティの文脈で読み直すことから始まった。ハードな問題の解決のために地域社会の組織化が必要だという考え方から、地域における人間関係の構築や地域コミュニティ形成の契機としてハードな問題を位置付けるという逆転の発想である。極端にいえば、ハードな問題はそう簡単に解決できなくても、問題に対する取り組みを通して地域住民・市民の社会的なネットワークやコミュニティが形成されればまちづくりとしては成功だという考え方である。
こんな私の問題提起に対して議論は大いに沸いた。それがどんな形で展開したかは後日改めて報告したい。そのときはレジュメも一緒に。