2月11日
このところシンポジウム続きである。2月6日の災害シンポ、9日の京都市長選シンポ、そして12日の憲法9条伏見シンポという具合だ。それぞれが私にとっては大切なテーマなので息を抜くことができない。でも最近はオーバーワーク気味のせいか、遂にインフルエンザに捕まってしまった。8日あたりからおかしくなって、9日はピーク直前の状態だった。ひょっとしたら、シンポに同席していただいたパネラーの誰かに迷惑をかけているかも知れない。
9日のシンポは「なぜ開くの」という声が一部にあったのも事実だ。それに日本と北朝鮮のサッカー試合とちょうど重なったこともあって「開催のタイミングが悪い」とも言われた。でも予想に反して(以上に)100人を上回る参加者があったことはうれしかった。このホームページの掲示板でも「中京ロック」というミュージシャンが熱烈に参加を呼びかけてくれたし、当日は積極的に発言もしてくれた。好青年だった。それに司会者の隅井教授(実は隅井夫人)の機転でサッカーの途中経過が伝達されたこともよかった。
シンポジウムそのものは「はんなり」した雰囲気だった。なぜかというと、冒頭の京響カルテットの演奏が全体の雰囲気をつくってくれたからだ。市民の税金で支えられている交響楽団のメンバーとして市民の期待に応えたいとする気持がありありと伝わってきて、会場参加者の心をしっかりと捉えたからだ(自分たちだけが厚遇されればよいと考えているどこかの市役所職員とは大違いだ)。
1年前の京都市長選は、京都市長を選ぶ市民の会、京都民主市政の会、龍谷大学フェストなどさまざまな思想信条のグループ・団体が「京都市民ネット」というネットワーク組織を結成し、多様なコラボレーションとして取り組まれた。選挙が終わってからそれぞれのグループ・団体で選挙総括が行われたと聞くが、きちんとしたまとまった形の報告書として世に出たのは京都民主市政の会だけだ。火付け役の京都市長を選ぶ市民の会は、参加者個人の感想文の寄せ集め程度のものしか出せなかった。組織として総括できるだけの実態ではなかったからなのだろう。
個々のグループ・団体においてこうなのだから、市民ネット全体としての総括はもちろん不可能だ。「ばらばらで一緒」という組織形態そのものが「総括」といった行為を必要としないのかも知れない。候補者としての私が早々に個人的総括を出したのもこの辺りの事情を睨んでのことだ。とはいえ、市長選から1年を迎えた時点で関係者が一堂に会して話し合うのも何らかの意味がないわけではない。練達のジャーナリストOB/OGたちが考え出してくれた今回のシンポにはこんな背景があった。
しかし予想通りパネラーの発言は多様だった。一緒に市長選をやったこと自体に対する否定的な発言こそなかったものの、このような方向を発展させていこうとする見通しについては必ずしも意見の一致は見られなかった。市長選が敗北に終わったという冷厳な結果が、次の一歩に対する確信を妨げているのだろう。
ただ「次回の京都市長選は政党の組み合わせでは決まらない」と指摘した富野教授の発言は注目を引いた。それは国勢レベルで政党の再編が必至であり京都政界にも波及すること、現市長の3選出馬が見込み薄であることから新人間の選挙になること、場合によっては3極選挙になることも予想されるので、その場合には市民派がキャスティングボードを握る可能性もあることなどの指摘である。だから結論としては、今回の市民派市長選は「一般モデル」とはならないまでも、ひとつの「実験モデル」としてはそれなりの意味があったということになるのかも知れない。
シンポの終了後、近くの居酒屋でパネラーを交えたご苦労さん会があった。その折にパネラーの一人の碓井教授の言葉が印象的だった。「選挙後に関係者一堂がこんな形で集まれること自体が成功の印なのだ。普通ならお互いの顔も見たくないのが本当のところだから」。