2月7日
2月6日の「災いを考える京都シンポジウム」の感想について述べたい。まず参加者が予想外に多かったのには驚いた。3百数十名もおられただろうか。それも災害問題に専門知識を持った方が多かった。河川土木の技術者や研究者、気象台の関係者、消防署員、都市計画コンサルタント、建築職人、建築家、それに多数の京都府下自治体の職員などなどである。他府県からも結構参加されたらしい。主催者に聞くと、いわゆる組織動員ではなくて任意参加だとのこと。それでこれだけ多くの方々が来られるのだから、やはり災害問題に関する住民・市民の関心が非常に高まっているということだろう。
報告の中心は、昨年11月の台風23号関連の風水害だ。しかし参加者の関心と議論は、京都市内の河川氾濫や地震災害の可能性など多面的にわたった。私の報告は、最近の災害問題の変容とそれにともなう防災対策の基本的な考え方についての提言である。もちろん私は災害問題の専門家ではない。ただ10年間にわたって阪神・淡路大震災の復興まちづくり支援をしてきた経験から、日本の防災対策とりわけ復興対策には根本的な欠陥があることを痛感してきた。それに最近視察した京都府北部の風水害現場や新潟中越地震調査の印象から、大都市の災害と過疎地域の災害は全く様相が異なり、したがって防災・復興対策も一律的には論じられないことを感じていた。私に与えられた時間は僅か40分程度だったが、そんな気持を少しでも伝えられたらと思って参加したわけだ。
言いたいことは山ほどあったが、幾つかの論点にしぼった。第1は、最近の災害問題の変容についてである。「天災は忘れた頃にやってくる」という寺田寅彦の有名な一節は、災害に対するこれまでの考え方をよくあらわしている。ひとつは「天災」という言葉の中に含まれる「人知の及ばない災害の恐ろしさ」の意味である。いわば不可抗力としての自然災害や自然の脅威を私たち人間はもっと謙虚に学ばなければならないということだ。もうひとつは、にもかかわらず人間は災害の恐ろしさをすぐに「忘れてしまう」ので災害を防ぐことが如何に難しいかという警告(嘆き)である。
だが、最近の災害の様子は違う。「天災は忘れた頃にやってくる」というよりは「忘れないうちにやってくる」あるいは「終わらないうちにやってくる」といった方が適切なのだ。とりわけ昨年はまさに「災いの年」だった。度重なる台風の上陸、新潟中越地震をはじめとする全国各地での地震活動の活発化、そしてその締め括りがスマトラ沖大地震とインド洋大津波である。清水寺の年末行事に、その年の出来事を象徴する一字を選んで管主が揮毫するイベントがある。昨年は「災」の字だった。10年前の阪神・淡路大震災が勃発した年は「震」だった。この10年は「震」と「災」で結ばれるまさに「災厄の10年」だったのである。
このように考えてくると、災害を「天災」としてこのまま諦観視するわけにはいかないというべきだ。それは最近、「天災」を言い訳にした防災対策や復興対策への政治責任や行政責任を回避しようとする風潮が一段と強まってきているからだ。「神ならぬ身で知る由もなかった」「これほどの大災害になるとは思いもよらなかった」「今回の災害は人間の能力や努力を超えている」などなどの言い訳がまかり通っている。しかし寺田寅彦の随筆集を丹念に読んでみると、そのような言い訳が如何に浅薄なものかがよくわかる。彼の言わんとするところは次のようなことだ(カッコ内は随筆のタイトル)。
「二年、三年、五年に一回きっと十数メートルの高潮がきっと襲ってくるのであったら、津波はもう天変でも地異でもなくなるであろう」、「こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震津波の周期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば、天災はもはや災害でなく、五風十雨の亜類となってしまうであろう。しかしそれができない相談であるとすれば、残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するよりほかはないであろう」(地震と津波)
「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。その主なる原因は、畢竟そういう天災がきわめて稀にしか起こらないで、ちょうど人間が前車の転覆を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう」、「人間の団体、なかんずくいわゆる国家あるいは国民と称するものの有機的結合が進化し、その内部機構の分化が著しく進展してきたために、その有機系のある一部の損害が系全体に対して甚だしく有害な影響を及ぼす可能性が多くなり、時には一小部分の傷害が全系統に致命的となり得る恐れがあるようになった」(天災と国防)
「しかし、『地震の現象』と『地震による災害』とは区別して考えなければならない。現象のほうは人間の力でどうにもならなくても、『災害』のほうは注意次第でどんなにでも軽減されうる可能性があるのである」、「あらゆる災難は一見不可抗的のようであるが実は人為的なもので、したがって科学の力によっていくらでも軽減しうるものだという考えをもう一ぺんひっくり返して、結局災難は生じやすいのに、それが人為的であるがためにかえって人間というものを支配する不可坑な法則の支配を受けて不可坑なものであるという、奇妙な回りくどい結論に到達しなければならないことになるかも知れない」(災難雑考)
要するに、彼の言いたいことはこうだ。天災は稀にしか起こらないから人間はそのうちに忘れる。また文明が進化するにつれて災害は大規模になり、都市活動も系統化されるので局部的被害が都市全体の活動の麻痺につながることがある。しかし天災はいつか必ずやってくるから忘れないことが大切だ。また自然現象としての地震を防ぐことはできないが、社会現象としての災害は減らせるから予防対策が重要だ。災害を減らせるのに出来ないのは政策や社会制度に原因がある。天災がしばしば起これば天災でなくなる。災害への無知と無策が人々をして「天災」と感じさせるのだ。
私はこの中でも「天災がしばしば起これば天災でなくなる」という指摘が一番重要だと思う。災害が忘れないうちに必ずやってくるものであれば、これを放置しておくことは社会的にも政治的にも許されない。最近の日本はまさしくそう言う事態になっているのではないか。にもかかわらず、それに対応する防災・復興対策が講じられていないとすれば、それは政治の欠陥であり怠慢なのだ(明日に続く)。