1月28日
研究者という職業柄、著書や出版物をいただく機会が多い。最近では、三浦展著『ファスト風土化する日本〜郊外化とその病理〜』(洋泉社新書、2004年9月)
、渡辺治編著『変貌する〈企業社会〉日本〜一橋大学大学院社会学研究科先端課題研究1〜』(旬報社、2004年7月)、『ポリティーク〜特集・石原慎太郎研究〜』(第8号、旬報社、2004年9月)、日本建築学会編『マネジメント時代の建築企画』(技報堂出版、2004年11月)、坂和章平著『わかりやすい景観法の解説』(新日本法規、2004年11月)、兵庫県震災復興研究センター編『大震災10年と災害列島』・『Lessons
from the Great Hanshin
Earthquake』(クリエイツかもがわ、2005年1月)など数々の貴重な著書をいただいた。これらの本はいずれも店頭で入手できるはずだが、発行部数が万単位の新書ならともかく、僅か数百部程度の学術専門書になると通常はほとんど手に入らない。だから著者からわざわざ送っていただくと、本当にうれしい。
そんな中でも異色中の異色の本が昨日届けられた。小包の中には、東大建築学科の鈴木成文名誉教授と長澤泰教授からの丁重な送り状が添えられている。両氏の恩師・故吉武泰水教授の遺稿集3冊である。聞けば、この遺稿集は吉武先生自身が市販の著書に収録されていなかった講演や原稿の中から生前に編集されたもので、まだ世に出ていなかった論文集だそうだ。先生は、この論文集は建築計画研究の関係者は関心を持つかも知れないが、一般には広く読まれる本ではないので市販の出版物にはしない。12部だけつくって国会図書館、建築学会図書館、東大図書館、建築計画研究室、その他二三のところへ寄贈するという意向だったらしい。希望者だけがコピーをして見ればよいともいわれていたそうだ。しかし弟子の先生たちの間で「それはなにがなんでも少なすぎる」ということになり、「簡易版」をつくって関係者に寄贈することになったという。
私は吉武先生の教えを直接受けたわけではないが、その後継者である鈴木先生とは比較的年代が近いこともあって若い頃から大変可愛がっていただいた。鈴木先生は私の恩師・西山夘三先生を非常に尊敬しておられた関係から、弟子の私にまで目をかけていただいたのである。在任中は鈴木研究室と西山研究室のジョイントセミナーを企画して、若手相互の交流の場をつくって下さったり、吉武先生の告別の会では「建築計画学形成における吉武理論について」というシンポジウムでパネリストの役割まで与えていただいた。今度の送り状の中にも「現代の計画学研究の創始者である西山研の方々に見ていただくほうがよかろうと考え、その初期の吉武研と関係の深かった方々及び西山文庫に偲ぶ会としてお送りする次第です」と書かれている。光栄なことだ。この他、鈴木先生には私の市長選の推薦人になっていただくなど、研究以外のところでも大変お世話になっている。先生は、お父様が著名な仏文学者・鈴木信太郎氏という学者一家のご出身であるせいか非常にリベラルな考えの持ち主で、神戸芸術工科大学の学長を退かれてからもいまだに現役の研究者としてバリバリ活躍しておられる。生涯の目標ともいうべき存在だ。村岱商鈞齔・w)思えば、私は師弟関係はもとより交友関係においても随分恵まれた人生を送ってきたと思う。また教え子たちも個性的な人間が多くていろんなところで私を支えてくれる。普段はそれほど意識しないのだが、いざというときになるとすぐに駆けつけてきて助けてくれるのだから本当にありがたい。
今度の2月9日のシンポジウム「京都市長選、あれから1年」の企画も、市長選で親しくなったジャーナリストのOB・OGたちが発案してくれた。テレビ・ラジオ・新聞社・通信社などのベテランたちだ。その中心が龍谷大学の坂井教授と京都学園大学の隅井教授だ。坂井教授は共同通信社の出身でジュネーブやベイルートの支局長を勤めた中東問題の専門家、隅井教授は日本テレビの出身でニューヨーク生活が長いアメリカ通のメディア研究者である。それに地元の京都新聞記者OBも参加してくれている。この人たちと接していて痛感することは、その情報人脈の豊富さと複眼的なものの見方の重要さだ。「眼光紙背に徹する」という言葉があるが、なにしろ紙面そのものをつくっている人たちだから、何が記事になって何がニュースにならなかったかが全てお見通しなのだ。そんな人たちが企画してくれたシンポジウムだからきっと面白いものになると思う。みなさんも一人や二人ではなく沢山そろって来て下さい。