つれづれ日記
12月24日

  今年はこれが最後の「つれづれ日記」になる。ホームページ管理者の冬休みが明日から始まるからだ。このホームページは比較的更新が多いので日頃の管理は大変だろう。年間を通しての苦労になるともっともっと大変に違いない。それを嫌な顔一つしないでやってくれるのだから感謝の言葉もない。それに今月から新しくメルマガの配信も始まった。こちらの方は別のスタッフが引き受けてくれた。いずれも若いスタッフだが礼儀正しくて明るい性格だ。「近頃の若者は---」なんて死んでも言えない有能な人材なのである。

  この1年間、いや前年から数えるとこの2年間はきわめて緊張に満ちた時間だった。肉体的にはともかく精神的にはかなりハードだったような気がする。市長選投票日の2月8日には全てのスケジュールが終わったはずなのだが、その後になってもいっこうに緊張感が解けなかった。多くの市民が参加した一大政治イベントだっただけに、そのエネルギーが無駄にならないようキチンとしたけじめを付ける必要があると思っていたからだ。

  私は選挙戦の渦中にいた候補者なのだから、事態の推移や背景を客観的に見るのはなかなか難しい。でも「けじめ」は時を失すると効を失う。そこで拙速を承知で書いたのが「天気晴朗にしてさわやか〜2004春・京都市長選を振り返って」(2月12日)、「春一番の訪れた日に〜天気晴朗にしてさわやか、PART2」(2月17日)、「朝日を浴びてたたかった2週間〜天気晴朗にしてさわやか、PART3」(3月12日)の選挙総括三部作だった。そして、私を励ましてくれた京都市民や全国の支持者にこの間の新聞スクラップなど関連資料を添えて数百部を発送し終えたときは、季節はとうに4月中旬を過ぎていた。

  またこれらの総括作業と並行して、3月15日にいったん閉じたホームページを4月から再開するという作業も加わった。前年の11月25日に立ち上げられたホームページは選挙活動用のものだったので、選挙が終わった時点で閉鎖するのが筋だと考えていたのである。しかし「再開の弁」にもあるごとく、多くの読者から手紙や電話でホームページの趣旨を発展させて継続すべきとの励ましの言葉をいただいたのは意外だった。中には、選挙が終わったからといってすべてを終えるというのでは無責任極まりないとのお叱りもあった。この方々の気持ちに応えることが自分の責務だと思った。ホームページの運営に多くの若いスタッフが参加してくれたのもこの頃のことである。

  こうした日々が続いているうちに、京都CDL(コミュニティ・デザイン・リーグ)と中国西安の建築・都市計画系大学との間で学生合同まちづくりプロジェクトの話が持ち上がった。また一方では龍谷大学ORC(オープン・リサーチ・センター)の国際研究プロジェクトも進んでいた。前者は8月の西安でのまちづくり合宿となり、後者は11月のオランダでの国際会議となった。いずれもハードなスケジュールではあったが、内容的にはきわめて知的刺激に満ちたプロジェクトだった。

  9月末からは龍谷大学での大学院講義やゼミ指導もスタートした。すでに4月から社会人大学院生の論文指導はひき受けていたが、本格的な講義やゼミ指導は後期からである。学生たちのエネルギーは凄い。通常、ゼミ指導は講義の10倍ぐらいのエネルギーを要求されるが、それだけに見返りも大きい。彼/彼女たちからどれだけ元気をもらったか計り知れない。おまけに師走のゼミ討論会では、優勝という「特大ボーナス」までプレゼントしてくれた。

  10月末の台風23号災害と新潟中越大地震についても、不充分ながら一応の現地調査をしてレポートを書いた。地元の本格的な復興まちづくりはまだまだこれからだが、これらは来年の課題である。こうして息継ぐ暇もない2004年は終わろうとしている。残すスケジュールは、25日の西山文庫の研究会、27日のコミュニティ政策学会理事会(名古屋市)、28日の伏見憲法9条の会、29日の神戸市長選の会(神戸市)である。今年は4月に総括文書を送ったこともあって年賀状は欠礼することにした。来年の新しい抱負がかたまり次第、改めて失礼をお詫びしようと思う。みなさま、よりよい新年をお迎え下さい。