12月21日
山古志村については、テレビでもよく報道されているので名前を知っている人も多いだろう。全村が壊滅的状況にあるとのイメージで、今回の中越大地震を象徴する地域ともなっている。事実、地震直後から全村に避難命令が出され、現在も村民といえども勝手に帰村することは許されていない。村の入口では消防団が入村を点検し、パトカーが巡回している。町の災害対策本部の許可をなければ、文字通り犬一匹入れないのである。
そんな地域に私たち10人近くが自動車2台で入村を許された。村を支援する有識者会議の事務局を務める長岡造形大学の澤田講師が特別の許可を取ってくれたからだ。しかし未だに道路は寸断状況のところが多いので、役場や学校のある村の中央部には行けない。そこで相対的に被災程度が軽い北部集落の「種す原」にまず入り、そこからいったん村外に出て迂回し、再び南部集落の「東竹沢」(ここは被災程度が大きく、河が崩落した土石で堰き止められて「天然ダム」ができているところ)に入るというコースが選定された。同行者の一人は、災害学が専門で澤田講師とともに震災後すでに3回も現地入りしている東京都立大学中林教授だ。往復の車中や行く先々で2人の専門家から詳しいレクチャーを受けたことは、今回の調査でも望外の収穫だった。
この2集落に限ってのことだが、私の受けた印象は集落によって被災状況に随分差があるあるということだ。地盤状況が違うことはもちろんだが、震源地との距離関係も大きく影響しているように思える。「新潟県中越地震復旧・復興GIS全域情報マップ」(12月16日版)によると、なにしろこの辺り一帯は10数キロ四方内に7つもの震源地が密集しているのである。同じ村でも集落の位置関係によって被災状況が違うのは当然だろう。だから被災程度の軽い「種す原」集落では、この日は日曜日でもあり、またいいお天気だったので、少数だが住民の人たちが仮設住宅生活に必要な衣服や家財道具を取りに帰ってきていた。
山古志村の復興まちづくり支援をどのような方向で考えるかは、実は今回の中越震災の復興戦略にも大きくかかわるような気がする。中越地方は典型的な中山間地域だ。中山間地域とは、平野の周辺部から山間地に至るまでの耕地の少ない農山村地域の総称である。日本の国土面積の7割、耕地の4割、農業生産の4割を占める文字通り国土の「背骨」なのである。現在は激しい市町村合併によってその数は減少しつつあるが、2001年当時では全国約3300市町村のうち過半数に当たる1800市町村が中山間地域に該当し、総人口の1/7を占めている。しかし地域の8割は林地で農業生産の上でも生活の上でも条件不利地域であるだけに人口流出が相次ぎ、現在では過疎化と高齢化にともなう家族・地域共同体の崩壊の危機に直面している地域なのである。
山古志村はすでに長岡市との合併を来年の4月からに決めている。震災の影響で若干の変更はあるかも知れないが、合併方針そのものについては変更はないだろう。だとすれば、山古志村は復興対策と合併問題を併せて考えるという「離れ業」を演じなければならない。これは大変なことだ。いったいどうすればよいのか。
私にそれほどの妙案があるわけではないが、しかし幾つか出てきそうな議論の方向は予測できる。誤解を恐れず単純化していえば、ひとつは災害を契機とする過疎地域・自治体の大規模再編論である。現在強行されている市町村合併それ自体が過疎地域・自治体再編を意図したものであることはいうまでもないが、そのスピードを一挙に加速する形で「復興再編計画」が出てくることは充分予測できる。具体的にいえば、深刻な被災地域は基本的に集落移転をして計画的に無人化し、復旧工事は必要最小限の土木工事にとどめる方向である。もう一つは、従来型のハコモノ復興論である。農林・建設系の公共土木事業を災害を契機にして飛躍的に増大させ、まるで「要塞」のような農山村を現状復旧させようとする伝統的主張である。
この点で山古志村で少し気になるのは、「種す原」集落のような被災程度が相対的に軽い地域においても住民は例外なく村外に避難し仮設住宅に入居している点だ。素直に考えれば、自宅に戻って生活しまた積雪に備えて住宅の補修をしたりするほうがはるかに復興への近道だと思うのだが、全員帰れない状況が続いているのである。特定の集落だけに帰宅を認めれば、危険集落においても自宅に帰ろうとする住民を止められなくなる虞があるとの見解も確かに理解できるが、果たしてそうだろうか。少し斜めに見過ぎかも知れないが、私には「全村一丸」となった雰囲気を盛り上げることによって「ハコモノ復興計画」を大々的に推進するためのパフォーマンスか、あるいは「集落再編計画」の予行演習のような感じもする。
だが、もはや「ハコモノ復興計画」は財政的にも不可能であろうし、大規模な「集落再編計画」も住民合意の点であり得ないだろう。おそらく現実はその中間あたりか組み合わせになると思うが、そうであるとすればもっと柔軟な方策が考えられてもよいのではないか。すでに震災の風評被害が各地で発生している。安全性を充分確かめた上で住民が逐次帰宅し、山古志村からの元気メッセージを全国各地に発信してもらいたいものである。