つれづれ日記
11月2日

  今年もはや11月、残すところ僅か2ヶ月となった。しかし天候が不順な所為か、連日のニュースが暗いからなのか、いっこうに秋の訪れを感じない。例年なら読書の秋、食欲の秋、ハイキングの秋と身体が騒ぐのだが、今年に限ってはそんな気配もない。身体の中に「異常気象」が発生しているのだろうか。

  台風、地震、イラクなど山積する昨今のニュースの中から今日はいったいどれを書こうかと迷う。どれもこれも特大ニュースばかり。でも殺害された香田青年のことはやはり書かないわけにはいかない。なぜこれほど気が進まないのか。

  一つは事件の悲惨さだ。首を切るなんて残虐行為そのものではないか。同じ年頃の息子をもつある母親からとても事件を正視できないとメールがきた。だがそのこともあるが、私の心の重さは、香田青年がなぜいまイラクへ行ったのか,その動機も含めて彼の行動がいまだに理解できないからである。新聞やテレビでも「不用意」「軽率」「焦燥」「無謀」「旅行気分」「自分探し」「思いやり」などいろんな観測記事が飛び交っている。だが本当のところはわからない。

  事実や背景がわからないのだから本当なら書き様がないのだが、でも思い切って私個人の受け取り方や感じ方を書いてみようと思う。誤解のないようにいうが、香田青年がどうのこうのというのではない。あくまでも私自身がこの事件をどう主観的に受け取ったのかということに限定しての話である。

  この事件から私が一貫して感じることは、現在の日本の青年たちが置かれている政治空間・社会空間の極度の貧しさだ。時代の閉塞感がどうしようもなく皮膚まで迫ってきているというのに、その原因や背景がわからない。いやわかろうとしない。こんな若者がどれほど多いことか。イラクで戦争が起こっている。沢山の人が毎日死んでいく。でもそれをいろんな角度から深く考えてみようとしない。こんな若者があまりにも多いのだ。

  これは明らかに若者たちが育ってきた社会環境、教育環境に関係があるのだろう。先日も憲法9条をどう守るか、お知恵を拝借したいといった古風な会合があった。そのときに出た話題の中に、学校では近現代史の前で社会の授業が終わってしまって、日本が中国や朝鮮などで繰り広げた植民地支配のことはほとんど教えられていないとの発言があった。その通りだろう。でも自分の青年時代も含めて、学校で習わなかったからといって関心を持たなかったとか、本を読まなかったとかいったことはない。学校は情報源の一部であって全部ではないからだ。社会や政治に関心を持っていれば、自分から進んでいろんな情報に接するに違いないからである。

  では、若者の眼を覆っているのはいったいなにか。それは家庭や学校などで政治が「日常会話」として語られていないからではないか。別に授業でなくてもよい。政治学の本を読まなくてもいい。大切なことは、たとえそれが床屋談義でもいいから生活の中で政治が率直に語られることなのだ。そういう空気や光景が受験競争や熟通いのなかで家庭や学校からいつのまにか消えてしまった。それが根本的な原因なのではないか。

  今回、香田青年のお母さんの話を聞いて随分しっかりした人だとの印象を受けた。青年に対する「自己責任バッシング」が引き起こされる危険性を充分に認識しながら、しっかりと言葉を選んで吾が子の救出を訴えていた。おそらくこのような家庭だからこそ、青年は普通の生活に埋没することなく「自分探し」の旅に出たのだろう。だが「この子は政治や自衛隊とは無関係だ」と強調する母親の言葉の中に、青年が図らずも陥っていた現実の社会や政治に対するリアルな認識の欠落が投影されていなかっただろうか。イラクの現実がどれほど厳しい状況のもとに置かれているかの(初歩的な)知識すら欠落していたことは、別の意味で青年としての致命的な問題状況だとは言えないか。

  昔読んだ炭坑労働者の物語の中に、坑夫が石炭の採掘現場に向かうときは必ずカナリアの入った鳥篭を持っていったとのくだりがあった。ガス検知機がなかった時代にガス爆発の危険を予知するためには、たとえ少量のガスでも死にいたるカナリアを検知機代わりに使ったのだという。カナリアは自分がどのような危険な状況に置かれているかは知る由もない。だがその死の意味するものは、採炭現場全体に対するまぎれもない危険信号なのだ。香田青年の死は、アメリカと同様に日本がいまやイラク国民の「敵」として位置付けられたことを示すものではないか。

  昨日今日、自衛隊の派遣基地のあるサマワではロケット弾による駐屯地への攻撃が伝えられている。「香田青年の死と自衛隊派遣は別問題」と小泉首相は語ったというが、果たしてそうだろうか。カナリアの死を目前にしながらの自衛隊派遣の延長は、ガス爆発の危険性を招くと思うがどうであろうか。