10月29日
台風23号の全国規模の被災に加えて、今度は新潟県中越地方の連発大地震の来襲など、いまや日本列島は「災害列島」と化しつつある。阪神・淡路大震災に比べて、中越地方の震災の特徴は、被災地域が地方都市と過疎農山村地域だということだ。その意味で、いまから4年前の2000年10月に発生した鳥取県西部地震の被災状況に通じるものが多い。
あの時の片山鳥取県知事の英断は本当に見事だった。過疎農山村地域にとって「住宅復興は地域の生命線」と言い切り、県と市町村を合わせて最高300万円の支援金を一切の制限条件なしに被災者に対して一律に支給したのである。この英断がどれだけ被災地を励ましたか、どれだけその後の生活再建に貢献したかは計り知れない。震災から数ヶ月後に開かれた米子市での震災復興シンポジウムでは、各被災地域からの住民代表の発言がそのときの感謝の気持ちを余すところなく伝えていた。またシンポジウムに先立ち、片山知事は超多忙な中で県庁の担当部長や課長なども交えて、私たち阪神・淡路大震災の復興支援専門家グループとの1時間あまりもの意見交換の時間を確保してくれた。そのときの知事の確固たる姿勢と明晰で緻密な発言ぶりは忘れられない。
これに対して阪神・淡路大震災では、国は頑として住宅再建に公費を投じようとはしなかった。一方では高速道路の再建や港湾拡張工事に巨額の国費をつぎ込みながら、「個人住宅に税金を投じることは個人資産の形成につながる」との屁理屈でもって、「震災復興の要」とも言うべき住宅復興から国の責任を回避した。被災者が損壊した住宅の応急修理を施そうとしても、国や兵庫県は災害救助法の適用によって可能であるはずの修理費補助などについて積極的に支援しようとしなかった。災害救助法に規定されている被災者の生業の維持に必要な資金・器具・資料の給与や貸与についても完全にサボタージュした。また自分の敷地に仮設住宅を建てることも認めなかった。そして海岸埋立地や山の中の開発用地の売れ残り地など遠く人里から離れた場所に1戸数百万円もする仮設住宅を国費で建設し、そこに被災者を移住させて「生活支援」しているとしたのである。
しかし、もし国や自治体が被災者すべてに対して無条件に数百万円程度の生活支援金を即刻支給していたならば、その後の被災地の復興ははるかに効果的に実現していただろうことは明白だ。また仮設住宅を被災者の家の庭先や近所の空地に建てることを認めていたならば、その後に起こったコミュニティの崩壊や大量の孤独死などを未然に防ぐことができたことは間違いない。「鉄とコンクリートの塊」に巨額の税金を投入する代わりに、被災者の生活再建に直接的な公費援助を講じていたならば、地域経済や地域社会の復興状況はもっと違った姿になっていたであろう。
さる10月26日と27日、小泉首相は新潟と兵庫の被災地を視察した。直前の世論調査で支持率が大きく下がったことに危機感を抱いた首相が、天候不良で視察の中止を申し出た事務方の進言を押し切って出かけたと報道されている。被災現場では案の定「パフォーマンス」に終始して具体的な支援策に言及しなかったというが、いま求められることはこのようなパフォーマンスではなく実行力を伴った具体策である。
当面、(1)災害救助法に基づく必要な生業資金を給与する、(2)自宅敷地内に仮設住宅を建設しようとする場合は建設費400万円程度を支給する、(3)被災者生活再建支援法を直ちに改正して住宅本体の建設費用を補助対象とし、所得・年齢条件をはずして最高限度額を200万円から500万円に増額する、(4)同じく生活再建支援金の支給条件を緩和・撤廃して最高限度額を100万円から300万円に増額する、などの緊急措置が必要であろう。降雪地域の丹波や新潟の冬は近い。目先のパフォーマンスはもうたくさんだ。被災住民を励ます本物の支援策がほしい。