10月21日
9月21日から隔週刻みで開催してきたNPO法人西山文庫の「すまい・まちづくりフォーラム関西21」が10月19日で終わった。私自身がコーディネーターだったので手前味噌で恐縮だが、講師の陣容といい講義の中身といい出色の出来ばえだった。これは聴講者のアンケート調査でも明らかだ。
統一テーマは「木の文化で都市の再生は可能か」というもの。第1回の「都市の歴史保全とアメニティの再生」は、文化庁伝統建築物課長の苅谷勇雅氏と建築家の藤本昌也氏。第2回の「木造市街地の防災安全性」は、神戸大学都市安全研究センターの北後明彦氏と塩崎賢明氏。第3回の「木の文化のデザイン可能性と都市景観」は、倉敷民家再生工房の楢村徹氏と東大都市工学科教授の西村幸夫氏だった。詳しい内容はいずれ西山文庫のニュースレターに書く予定なので、ここでは第3回目の西村教授の話に限定して感想を述べよう。
自らも景観法の成立に深くかかわった西村教授の講義は、法律成立に至るまでの舞台裏の事情説明も含めて参加者の目を見張らせるものだった。一口でいえば、それは「景観法の成立は、近代(戦後)都市計画の歴史的転換点を象徴するもの」ということだ。周知の如く、建築は地域や都市の歴史的社会的文脈を深く受け継ぐ存在であるにもかかわらず、戦前の市街地建築物法や戦後の建築基準法においても「建築物の敷地・構造・設備及び用途に関する最低の基準」を定めたものにすぎなかった。要するに、構造物としての最低の安全性さえ確保されていれば、全国どこでも同じような建物を建てていいわけである。京都でいえば、例えそれが世界遺産の周辺であろうと歴史的町並みの近傍であろうと、建築基準法にさえクリアーしていれば収益型高層マンションの建設が可能になるのである。
地域や都市の歴史性・場所性をなんら考慮することなく自由に建物が建てられるなど、これほど乱暴で野蛮な法律はない。「土建屋的体質」丸出しの法律ではないか。日本が「エコノミックアニマル」と世界中から軽蔑されていた頃の体質がそのまま継承されていて、それがいまだに「建築基準法」として堂々と機能しているわけだ。これでは全国各地の由緒ある歴史的市街地や都市環境が破壊されていくことなど防ぎようがない。
周知の如くヨーロッパの美しい町並みが保全されているのは、「建築不自由の原則」を旨とする厳重な建築規制が機能しているからだ。バカの一つ覚えのように「規制緩和」と「構造改革」しか云わないどこかの政府とは違って、ヨーロッパ各国は「持続的発展」(サステイナブル・デヴェロップメント)のコンセプトを都市計画法や建築規制に厳密に適用している。「建築するということは、本来不自由なこと」、「建築が許されるのは、その地域や場所の自然環境と歴史環境に馴染む場合に限る」という「建築不自由の原則」を堅持しているのである。仮設小屋のような安っぽい建築物のスクラップ・アンド・ビルドを繰り返している日本と違って(安物建築のオンパレードである最近のロードサイドショップ光景を見よ!)、息の長い高品質のすまい・まちづくりをじっくりと進めているのである。
さすがに国土交通省の中にもこのような現状を憂慮する役人がいて、昨年「美しい国づくり政策大綱」という政策文書が発表された。その中には役人の作文としては珍しい「襟を正す」との自己批判文が盛り込まれ、景観法をつくるとの決意が示された。このような経緯を受けて今年成立した景観法の最大の特徴は、「景観地区」を都市計画決定すれば、建築基準法とは別に「建築物の形態、意匠、高さ」などを市町村長が「認定」できる点にある。建築基準法を担保する建築確認申請が民営化され、地方自治体の手の及ばないところでどんどん確認申請が受理されていく現状のもとで、市町村長自らが建築物の認定権限を掌握することの意味は大きい。景観地区に相応しい建物として市町村長が認定しなければ、たとえ国の法律である建築基準法をクリアーしていても建築行為は認められなくなるからだ。また景観地区に指定された建物や敷地などの中で「景観重要建造物」に指定された場合は相続税が減じられる、という国税庁通達の存在も大きい。今回の通達では、重要文化財に指定されている場合の相続税は7割減、登録文化財や歴史的伝統建造物群に指定されている場合は3割減となった。「景観重要建造物」の場合も同様に相続税が減じられることになっており、その率は4割から5割前後になるのではないか、とのことだった。
それからもう一つ、このことと関連して面白い話が西村教授から披露された。それは全国の都市計画道路を所管している国土交通省の街路課では、最近、すでに都市計画決定した道路計画の「見直し」(役人は絶対に廃止とはいわない)が相次いでいるのだそうだ。「都市計画決定に変更はない」というのが、これまでの国家都市計画官僚の言辞であり面子だった。都市計画決定権限を独占し、決定権限が都道府県などの自治事務として分権された後でも、道路補助金の交付によって事実上権限を維持している都市計画官僚にとって、いったん決定した都市計画決定を取り消すことなど「論外」の出来事だったのである。
ところがここ数年、新しく都市計画決定した道路計画はほとんどなく、逆にかっての都市計画計画道路を見直す(廃止する)動きが主流になってきたというのである。これは驚くべき現象だという他はない。人口減少時代にこれ以上の幹線道路をもはやつくる必要がなくなってきたという時代の趨勢もあろう。歴史的市街地を切り刻むような都市計画道路計画がもはや許されなくなってきたという地域の事情もあろう。しかしいずれにしても、戦後の都市計画を全面的に見直し、21世紀に相応しい美しいすまい・まちづくりを進めていく時代が訪れてきたことは確かなのである。
最後に余談をもう一つ。西村教授は世界遺産の指定にかかわる「国際遺跡記念物会議」(ICOMOS)の副会長でもある。フォーラム後の懇親会の席で宇治平等院近傍の高層マンション建設問題のことを話したら、「ユネスコの担当事務局に英語で直接にメールで訴えればよい」とのことだった。宇治市の世界遺産を守る会をはじめ、できるだけ沢山の市民がこのメール合戦に参加してほしい。世界遺産をめぐる争いは「世界規模」で闘う以外に方法がないからである。