つれづれ日記
10月2日

  テレビを見ていて思わず拍手をしてしまうなんていったい何年ぶりのことだろう(最近は腹立たしいことばかりが多いから)。今日、イチローが2打席連続のヒットを打って、大リーグの年間最多安打の新記録を打ち立てたときがそうだった。午前11時かっきりに衛星放送のスイッチを入れ、今や遅しと待ち構えていたところ、そんな期待に応えて本当に打ってくれるところが彼の凄いところだ。しかも、その瞬間の淡々とした彼の風情がなんともいえないほどカッコイイ。間違ってもVサインなどしないところがまたいい。私のような世代は「男は黙って勝負する」といったガチガチのジェンダー風土の中で育てられたせいか、サッカーゴールの瞬間の大げさなパフォーマンスとか、所構わず乱発するガッツポーズやVサインには何となく抵抗感があるからだ。

  イチローには別の思い入れもある。阪神・淡路大震災の復興支援活動をしていたころ、朝から晩までの救援物資の仕分けに疲れ切った地元の人たちと「野球でも見にいこうか」ということになり、そのときに「がんばろうKOBE」という腕章をつけてプレーしていたのが地元球団のオリックスだった。恥ずかしいことに私はそれまでイチローの名前を知らずにいて地元の人たちを呆れさせたが、その日からイチローの「隠れファン」となった。試合はイチローが打ってオリックスの大勝利となり(点数は忘れた)、帰途にはみんなで焼肉店に行って大いに盛り上がったことを覚えている。

  ちなみに私がVサインに抵抗感を覚えるようになった切っ掛けも、実はこの阪神・淡路大震災だった。焼けただれた神戸市長田区の菅原市場の前で、ある日若いカップルがなんと「Vサイン」をしながら写真撮影をしているではないか。どういう記念写真かは知らないが、被災現場の前でなにもVサインをすることはなかろう。被災地の厳しい実情を知っているだけに、当時は心ない彼らの行為に激しい憤りを覚えたものだ。

  ところで、イチローの活躍で「シスラー」というかっての大リーガーの名前が浮上し、家族までが球場に招待されているのは微笑ましい。しかし私にとっては、彼の名前よりも「1920年」という年代の方に関心がある。1920年は日本の元号暦でいえば「大正9年」、第1回の国勢調査が行われた年であり、日本の人口がはじめて確定した年だ(5596万3千人)。明治維新によって近代国家日本がスタートしてから約半世紀あまりも経過している。国家統治の基礎である人口を正確に把握することが近代国家としての必須条件にもかかわらず、なぜそれまで国勢調査が行われず大正時代になって実施されたのだろうか。

  国勢調査はいうまでもなく国民の悉皆調査(外国人も含めて)だから、膨大な統計実務処理が可能になるまでそれだけの時間が必要だったということもあろう。それに国民ひとり一人のプライバシーにかかわる国勢調査は国民の理解がなければ実現しない。またその背景として、「国家意識」が芽生え、その中で「国民」としての自覚が形成されてくることも必要だろう。当時の日本は第1次大戦の戦勝国として国家意識が高揚し、先進国の仲間入りを果たす意気込みに燃えていた。万国統計協会から日本への国勢調査実施の要請もあった。また第1次大戦後の高度経済成長に基づく空前の都市化が始まった時期でもある。国家としても近代的人口統計なくしてはもはや経済政策も都市政策も展開できない段階に到達していたのではあるまいか。1920年とは「国民国家」が確立する時代だったのである。

  それから80年余、21世紀初頭の現代は日本がまさに歴史的転換点に直面している時代だ。それは、これまで成長に成長を重ねてきた日本人口が早ければ来年の2005年、遅くても再来年の2006年あたりをピーク(1億2800万人)にして歴史上はじめて減少に転じることにもあらわれている。人口と経済の急成長を前提にして組み立てられてきた20世紀の日本の政治経済体制は終焉を告げ、21世紀成熟時代の本格的幕開けの時期を迎えたのである。

  だが時代に逆行して、小泉政権はさらなる高度経済成長を目指してアメリカ追随のグローバル化を推進し、多国籍企業路線を一路突っ走っている。「国民国家」を解体して国土も国民生活もグローバリゼーションの嵐の前に投げ出そうというわけだ。国際金融資本のニーズに応えて国民の「2%」しか要望のない郵政民営化に血道を上げ(朝日新聞世論調査)、国民多数のニーズである年金と福祉を切り捨てようとしている。「国際貢献」と「構造改革」という名の国土・国民生活のリストラ政策によって、私たちのまちとくらしは「成熟」どころか根底から脅かされているのである。

  牽強付会だといわれるかも知れないが、私は21世紀初頭の「2004年」にイチローの新記録が生まれたことは、わが国にとっては決して偶然の出来事ではないように思える。歴史は一見偶然に支配されているように見えながら、その実、仮借ない必然性に貫かれているからだ。一見、スポーツのグローバル化を象徴するようなイチローの新記録樹立も、その実は1920年と2004年の時代比較の機会を私たちに与えようとする天の啓示なのかも知れない。私たちは「日本国民」であると同時に「世界市民」であるような方向を目指して、いまもう一度自分たちの足元を見つめなおすことが必要だ。