つれづれ日記
10月1日

  先日、このホームページについて「読者の意見を聞きたい」と書いたら、早速何人かの方からメールをいただいた。文面から察するところ、中(高)年男性がほとんどらしい。ご意見の趣旨は、「長ったらしくても構わない」、「理屈っぽくてもいいではないか」、「気にすることなくガンガンやれ」などなど、私にとっては嬉しい激励の言葉のオンパレードだ。最近の若者はきちんと文章を読む癖がついていないので、むしろこういう「硬派」のメッセージこそ意味がある、といった意見もあった。私に近い世代(団塊世代?)の雰囲気を代表している意見なのだろう。

  メールをいただいて何よりも感じたことは、目に見えた反応(レスポンス)がなくても、HPをしっかり読んでくれている人たちが存在いるということだ。若者の場合は反応速度が早いので、応答がないのは無関心である場合が多いが、中高年になると必ずしもそうではないらしいことを思い知らされた。自分自身をとってみても、マスメディアやジャーナリズムの記事や論調に思うことはあっても、投書までの行動に出ることは滅多にない。多分、それと同じようなことなのだろう。

  しかしこういう方々にHPを読んでいただいていると思うと大変嬉しい反面、一方ではある種の畏怖感を覚えることも事実だ。なぜなら批評眼が鋭くて要求水準の高い読者の期待に応えることは容易でないし、またそれだけの知的ストック(在庫)が必ずしも充分に自分にあるとは思えないからである。充電しながらメッセージをを送り続けることの難しさを改めて感じるが、とはいえ「乗りかかった船」を今更下りるわけにはいかない。多くの方々の共感を得られるような、それでいて独自の視点に裏打ちされているような文章を(ガンガンというほどまではいかないが)これからも着実に積み上げてゆきたい。

  結論的にいって、HPの改定方向はおよそ次のようなものにしたいと思う。まず「つれづれ日記」や「まちづくりへの提言」など硬派のメッセージはそのまま継承し、これからもしっかり発信していきたい。ただ時々の意見や感想をうかがうために折にふれて小さな集まりを催し、読者の中で参加可能な方々との自由に懇談する場を設けたい。一方、HPの体裁は大きく改定する。「見やすい」「わかりやすい」「とっつきやすい」ことをモットーにして、表紙のデザインと目次、掲示板を一新したい。ちょっとした読者のメッセージでも受け止められるように全面的に改定するのである。リレーエッセイやリレーインタビューをもっと魅力あるものにしていくことはいうまでもない。またHP訪問者の幅を広げるため、全国的な交流拠点のHPに登録してリンクを張ったり、メルマガの登録も具体化しよう。

  昨日から再び龍谷大学で講義とゼミが始まった(私は目下非常勤講師)。私が担当する学部ゼミは予想を大きく超えて20人の学生が登録した。聞けば、「まちづくり」という言葉に興味があるのだという。なぜ興味と関心があるかについてはこれから追々聞いていくつもりだが、自分のふるさとが寂れたり、市町村合併でなくなろうとしていたり、このままでは危ないとの危機意識がどうやら彼・彼女らの背景にあるらしい。かっては「ふるさとを棄てて都市に出た」若者たちが、いまや「ふるさとに帰る」ことを前提にしてまちづくりを真剣に考えているのである。まちづくりを単位取得の手段としてではなく、まさしく自分自身の生活とふるさとを守る課題としてとらえているわけだ。そんな学生たちを見ていて「時代は変わった」との感を深くする。

  また社会人大学院生対象の講義も面白い。豊富な社会経験を持つ社会人(若者ではない)が自分の仕事を見つめなおし、また日頃の仕事では深められない研究テーマをもってやってくる。問題意識と研究テーマが明確な大学院生と議論を共にすることほど楽しいことはない。教員にとっては「至福の時間」だといえるだろう。多くのリタイアー組がその日の時間の有意義な使い方を求めて必死の努力を重ねているとき、私がこのような得難い機会に恵まれていることを感謝せずにはいられない。