つれづれ日記
9月17日

  「長崎は今日も雨だった」というクルーファイブの名曲があるが(少し古いかな?)、あれは一体いつ頃の季節の唄なのだろう。長崎での今年の西山文庫の夏の学校は連日のかんかん照りで、ワークショップのために坂を上下するまち歩きは過酷を極めた。「長崎は今日も坂だった」との替え歌を作りたいぐらいだ。

  長崎湾を囲んですり鉢状に拡がっている長崎市内は、もともと平地が少ない「猫の額」のような街だ。だから有名な出島をはじめ外国人居留地などの主だった市街地は、江戸時代からの海面の埋立で造成されたものが多い。しかしこれも限度があるので、町民の数が増えてくると背後の山に家が這い上がることになる。段々畑が「段々宅地」に変化していくわけだ。もっとも戦前までは人口増加も緩やかだったせいか、標高100メートルあたりまでで家は建て止まり、その先には墓地が設けられていた。山の中腹までが「人の住む世界」、お墓から上は「黄泉国」(よみのくに)という歴史的なゾーニング計画が形成されていたのである。ところが、高度成長期の爆発的な人口増加の波は一挙にこの境界を突破し、まるで「逆山津波」のように宅地開発を天に向かって押し上げた。自分の所得に見合う宅地を確保しようとすれば、地価の安い山の頂上付近まで這い上がる他はなかったからである。

  通常、山の手には上流階級が住み、平地には庶民階級が住むというのが住宅地の一般的な立地特性だ。山の手は日照通風条件もよく、眺望景観に恵まれ、快適な居住環境を実現できる場合が多いからだ。しかしそれも道路や用水の確保が前提となっており、それが不可能な場合は逆の現象も起こりうる。水の確保が難しい中南米諸国の都市などでは、平地に富裕層が住み、山の上に粗末な家が群がっている場合がほとんどなのである。長崎もある一定の標高から上は、この「中南米法則」が当てはまるような気がする。そしていまそこで、急速な高齢世帯化にともなう「歩行困難地域」「居住困難地域」が拡大しているのである。

  長崎の坂はハンパなものではない。自動車の通れる道路整備などとはまったく無関係に宅地開発がどんどん進行していったらしい(ここでは「都市計画」という言葉などなかったのだろう)。だから斜面に向かって這い上がる幅1メートル強の階段(これが幹線)と、そこから等高線に沿って左右に伸びる肩幅ほどの通路(枝線)の組合せで、通路空間が葉脈のように形作られているだけなのである。この「道」を通って、通勤、通学、買物、病院通いなどあらゆる生活行為が営まれていたのだから驚く。「歩く」(それも階段を昇り降りする)のが生活の基本で、自動車に乗るとか自転車で走るとかの選択肢はほとんどない(長崎の街で自転車を見かけることはほとんどない)。日本全体がマイカーモータリゼーションの波に呑み込まれていった高度成長時代に、ここ長崎の斜面地だけはマイカーとは無縁の生活が実現していたのである。

  だが、若いときは居住可能でも高齢化が進んでくるとそうもいかない。実際に2日間ほど炎天下を歩いてみたが、学生たちが音を上げるほどの勾配の階段も結構ある。これではとても高齢世帯の生活は成り立たない。事実、上になればなるほど空家の発生率も高いという。高度成長時代の無秩序な宅地開発のつけがいま住民にも行政にも大きくのしかかってきているのである。

  すでに幾つかの手は打たれている。グラバー邸の近くには大きな斜面(斜行)エレベーターが設置されて、1日3千人近い利用者があるというし(それも大半が住民で学校児童や高齢者の利用が多い)、数少ない道路には「乗合タクシー」が定時運行している。まだ数は少ないが、ゴンドラのようなリフトも数カ所で設置されている。本格的な取り組みはこれからだが、しかし住民と行政の目はいまや斜面地の交通環境をどう改善するかについては完全に一致している。問題は具体的にどのような方法で改善していくかだ。それが今回の学生たちの計画課題になった。

  ワークショップの結果についてはいずれ別の機会に話すことにして、ここでは現在進められている「長崎さるく博`06」について紹介しよう。「さるく」とは長崎弁で「歩き回る」ことだ。だからこの「長崎さるく博」は、日本で初めてのまち歩き博覧会のことなのである。まち歩きを通して長崎の歴史や魅力をもっと味わい楽しんで、長崎の魅力を再発見しようというイベントだ。すでにそのための「コースマップ」が4種類出来上がっている。「懐かしの街並み〜中通り界隈〜」「長崎は今日も異国だった〜南山手洋館、港が見える坂〜」「元祖長崎〜桜馬場から新大工〜」「文人も墨客も思案した?〜丸山巡遊〜」である。しかもユニークなのは、「このまち歩きマップは地元住民と市民プロデューサーが共同で制作しました」と書いてある。役所がどこかの宣伝企画会社に依頼して作ったのではなく、長崎のまちに詳しい地元の専門家と住民が協力してつくり上げた地図なのである。それが観光案内所をはじめとして市内一円に置かれている。

  私はこの発想は本当に素晴らしいと思う。博覧会というとやれハコモノだ、イベントだといってやたらにお金は使うが、終わったあとはゴミと疲労感しか残らないようなものがほとんどだ。しかしこの「さるく博」は全く違う。お金を使わないで都市の資源や魅力を歩くことを通して再発見しようというもので、同時にそれは市民・住民のまちづくり意識や行動の開発とリンクしている。市民自らが街の歴史や魅力を発見し、発掘できるような高度なソフトがそこには埋め込まれている。残念ながら今回はその「仕掛け人」に会う余裕が無かったので詳しい経緯は分からないが、次回はぜひともこのような「逆転の発想」をものにした知恵者に会ってみたい。

  長崎は路面電車(民営)を守りきった街だ。1回の乗車券が100円、この運賃を30年近く維持して市民の便利さを確保し、信頼を獲得してきた街だ。斜面地での困難さこそ抱えているが、路面電車という交通インフラを機軸にして、「歩く」ことを基本にしたまちづくりに打って出ようとする姿勢と発想は素晴らしい。長崎が交通弱者のない「歩行者優先都市」「歩行者快適都市」として甦るのは、案外近い将来のことかも知れない。