9月13日
9月11日、12日の両日、第10回目の「平和のための伏見戦争展」が呉竹文化センターで開かれた。イラクの子どもたちの写真展、南京大虐殺の記録写真展、大江山ニッケル鉱山の中国人強制連行事件の記録、各国憲法の紹介、子ども平和文庫の陳列、反戦歌集、実物大の爆弾模型の紹介など多彩な展示が公開された。12日は、これに映画「HIBAKUSHA」(ヒバクシャ〜世界の終わりに)の上映、イラク・戦争・憲法をめぐる各世代交流トーク、「ヒバクシャ」スタッフを囲んでの若者企画など盛り沢山のプログラムが加わった。
私は伏見在住の人間でありながら、恥ずかしいことにいままで一度も参加したことがない。夏休み期間中のイベントなので調査や出張に出かけていることが多かったからだ。だから、改めてこの企画展を支えてきた人たちの熱意と努力に心から頭の下がる思いがする。しかも現在、イラク戦争が拡大して世界中でテロが噴出し、国内では憲法9条が脅かされている状況のもとでは、このような地域の足元からのイベントの重要性は幾ら強調してもし過ぎることはない。
いくつかの感想を記そう。これも恥ずかしいことだが、映画「ヒバクシャ」はてっきり湾岸戦争の劣化ウラン爆弾問題が主題だと思い込んでいた。しかし、イラクでの子どもたちの放射線障害に加えて、日本の原爆被爆者の長期にわたる健康と生命の破壊状況、遺伝子損傷による世代を超えた深刻な後遺症の発現、アメリカの原発や核処理施設周辺の農作物汚染などの現実が次々と明らかにされるに及んで、鎌仲ひとみ監督の訴えたいテーマの本質は「核問題」そのものに他ならないことがわかった。なかでもアメリカ最大の核処理施設・ハンフォード基地周辺の汚染状況と被害状況は衝撃的だ。風下の住民の多くがガンで死亡し、ほとんどが甲状腺障害を被っていた。またそこで栽培されるジャガイモは、ポテトチップの材料として大量に日本に輸出されていた。私はこれまでも、ハンバーガー、フライドチキン、ポテトチップ、コーラなどのファーストフードは一切口にしない方針を貫いてきたが、この映画を見てますますその決意を固めた次第だ。
各世代交流トークは、「自分の言葉でイラク・戦争・憲法を語ろう」という新しいスタイルの意見交換の場だ。偉い先生の講演を聞くのもよいが、「自分はどうする」との問いかけに答えられないようでは駄目なので、会場ではひとり一人が話すことによって平和にかける自らの意思を確かめる機会にしよう。実行委員会でのこんな意見の流れがこの企画に結びついた。だから前に坐るのは「スケープゴート」になった若者3人とコーディネーターの私で、あとはその周りのフロアーを10代の青年から80代の高齢者が取り巻いているだけだ。
「トーク」はパネルディスカッションでもシンポジウムでもない。どちらといえば「フォーラム」に近い。要するに特定のテーマや論点に議論を絞り込むことに目的があるのではなくて、できるだけ多くの人たちが多様な意見を述べる中で参加者が自分の位置を確かめられること、そして他の人たちの意見に多面的に共感できることが眼目だ。この日のトークもそうなるように心掛けたが、果してうまく行ったかどうか。でも話題は日清日露戦争から大東亜戦争そしてイラク戦争にまでわたり、その中で特攻隊訓練(いまでいえば自爆テロ)や広島での被爆体験が高齢者によって生々しく語られのは、並いる若者たちにもショックだったらしい。
また一方、最近の改憲ムードが予想以上に青年層に浸透していること、それに対してどのように対抗するかについても議論が弾んだ。最初の若者の「どう説得していいかわからない」という率直な発言が引金になり、建前ではなく本音の議論がたくさん出たのは嬉しかった。「こうあるべきだ」といった公式発言ではなく、「自分はどうするのか」ということを絶えず自問自答しているような空気の中でこそ、多くの人たちの気持ちが固まっていくからだ。
私の9・11はこうして終わった。明日からは長崎で西山文庫の夏の学校だ。全国から多くの学生たちがまちづくりの勉強のために集まってくる。高齢化時代の「坂のまち・長崎」のまちづくりを考えるのが主題だが、「平和のまち・長崎」の追求もまちづくりのもう一つの大きな課題だ。