つれづれ日記
8月20日
  西安からの第2信として、今回は日中両国の学生たちの奮闘ぶりを伝えよう。彼らが最初に出会ったのは、我々が西安空港に到着した8月10日のことだ。荷物を受け取って空港ロビーに出て行くと、「京都CDL代表団熱烈歓迎」との真っ赤な横断幕を掲げた一群の学生たちがいる。それが西安工程科学技術学院の学生たちだった。その日は学生食堂で一緒にラーメンを食べる程度で終わったが、翌日の開幕式から文字通り寝食をともにする生活が始まった。彼らの様子を見ていると、顔つきから体格、服装に至るまで全く変わることがない。日本人か中国人かが全く見分けられないのである。「どうしてこんなに似ているのだろう」と言ったら、「みんなメイドインチャイナを着ているからだ」とういう名(迷)答が返って来た。まさにその通りで、日本の学生たちの衣服も携帯機器類も「メイドインチャイナ」が驚くほど多い。

  日中合同の混成学生チームは7班、それぞれがやりたいところを選んで7、8人のグループで構成する。市内の伝統的歴史市街地の再開発計画を考えるグループもあれば、郊外山麓地域の保養地開発を提案する班もある。変わったところでは、街頭の広告デザインを制作する班もある。都市景観にとって街頭広告は大きな影響を与えるからだ。心配していた意見交換は、専門用語の壁はカシオ計算機(株)の大阪カシオ販売京都営業所から無料で貸していただいた電子辞書(中国版)十数台を駆使して突破し、あとは怪しげな英語と筆談でやっている。最終的にはコンピューターグラフィックでパネルを作って提案することになるので、図面を書いて説明するとお互いによく理解できるようだ。進行状況はうまくいっているグループもあれば、そうでないところもあっていろいろだ。しかし我々教員は一切介入しない方針だから、困難は彼ら自身が乗り越えるほかはない。リーダシップと協調性の両方が同時に要求されるので、大変なことは間違いないが、若さがすべてのバリアーを突破してくれることだろう。

  率直に言って、招待所(宿舎)の水準はそれほど高くない。2人1部屋のツウィンルームで洗面所・シャワー・便所がついている。部屋の狭さはそれほど気にならないが、清掃水準の低いのが日本人には頭痛の種だ。中高校を卒業したばかりのような若い女の子が2、3人、各階のフロントと部屋の掃除やベッドメイキングを担当している。でも便器一つをとってみても「ピカピカ」とはいかない。自分で洗剤と掃除用具を買ってきてきれいにしようかと思ったこともあるぐらいだ。それに洗濯物の干場もないので、部屋の中にロープを張って干している。どの部屋もまるでスラムみたいな様相だ。

  食事は1日3食とも学生食堂でそれぞれグループごとに食べている。朝は豆乳・ゆで卵・餃子・搾菜(酸っぱい中国のお漬け物)・緑豆の入った粥、蒸しパン・揚げパンの中から好きなのを選んで食べる。昼と晩はご飯と野菜・肉(ほとんど鶏肉)の炒めものが中心だ。それに餃子は毎回数種類は出る。野菜が非常に豊富で、おそらくこれほどの量の野菜を毎日食べるのははじめてだろう。コンビに弁当とファーストフードが多かった日本人学生たちは、「肌がきれいになった」と言っていた。味付けは広東料理の系統で比較的薄味だ。我々の味覚に近い。

  それにしても中国側の気配りには感心する。学生たちの交流を深めようとして、いろんな催しを考えてくれるのだ。たとえば、両国の学生たちが一緒に作って食べる「餃子パーティ」。食堂のおばさんが中身の具を用意してくれて、あとは学生たちが粉をこね皮を作り蒸してもらう。日本の学生たちが中国の学生たちの手つきを見よう見まねで奮闘している光景は微笑ましい。また3日後には「ちらし寿司パーティ」。今度は日本の学生が先生になって合わせ酢(どうもインスタントもの臭い)をつくって、ご飯と具を混ぜてちらし寿司を作るのだ。これまで家でつくってことのない学生もいたようだが、しかしこの日の日本人学生は、男女とも揃いの浴衣(日本で用意してきた)を着て中国側をあっといわせた。聞けば、最近はユニクロで3千円程度で浴衣を売っているのだという。この演出は中国側をいたく感激させたようで、浴衣着の日本人学生は写真撮影に引っ張りだこだった。しかし、極め付きは19日夜の歌舞会だ。中国側は芸達者が揃っていて、残念ながら学芸会レベルの我々は全く歯が立たない。圧巻だったのは、真ん中に琴を弾く女子学生がいて、両側の男子学生がそれぞれ演奏時間中に書と水墨画を書き上げ、花押と落款まで押して我々に贈呈してくれたことだ。中国の伝統を生かした心憎いばかりのパフォーマンスではないか。

  ところでこの歌舞会が催された会場は、学内の厚生施設で映写設備や音楽設備の整った広いホールだった。聞けば、世界を震撼させた中国の新型肺炎(サーズ)の最盛期には、学内で誰一人患者が発生していないにもかかわらず、すべての教員・職員・学生が学内に2カ月間も閉じ込められたそうだ。しかしこのような異常極まる状態は学生たちの暴発を招きかねないとして、連日スポーツとディスコが奨励されたという。その会場になったのが今回の歌舞会の会場だ。会のフィナーレは全員の「レッツダンス」の行進ではじまり、ディスコで終わった。私たち教員は彼らの熱気に圧倒されてただただ見ているだけだったが、踊っている彼らの姿を見て「もはや中国は昔の体制には戻れない」ことを強く感じた。

  21日から作品の掲示、そして翌日22日には作品の公開審査が始まる。優秀作を選んで表彰する。学生たちの作品を彼らの目前で評価することは、教員の審査能力もまた鋭く問われることになる。審査を通して学生と教員、日本と中国の本当の交流が実現する。