つれづれ日記
7月1日

  この個人ホームページを再開したのが4月1日、今日でちょうど3カ月が経過した。最初は果して見る人がいるのだろうかと心配したが、幸い3カ月でアクセス数は約4千件、平均して毎日40〜50人のアクセスがあるようなのでホッとしている。これも多くの若い人たちがホームページの企画や編集に参加して、いろんな情報の収集・発信に協力してくれているお蔭だ。このことがなによりも嬉しい。新鮮な情報を切目なく発信し続けることは結構大変だが、私自身もともと文章を書くことはそれほど嫌いじゃないし、また自分にとっても日々の行動や考えをチエックする意味で有効だと感じている。

  ただ悩みは、文章がどうしても長くなってしまうことだ。編集担当の女性スタッフから「日記がだんだん長くなっていく、読むのに眼が疲れてしまう」といつも小言を食っている。「論文じゃないんですから」と言われているようなものだ。日記というのは小難しいことを長々と連ねるのではない。その時々に感じたことをその場でさっと書きつける。絵で言えば「スケッチ」というのが、彼女たちの真っ当な感覚らしいのだ。

  だが彼女たちの気持ちや助言がわかっていても、私にはなかなかそれが実行できない。世代感覚や文体が違うと言ってしまえばそれまでだが、実はこの日記に対する私なりの位置づけ(あるいは思い込み)があるのである。例えば、市長選挙中の「僕のつぶやき」という日記と比較してみると、あの時の日記はまさに候補者活動の一環としての日記だった。私を支援して下さる多くの方々に対して、「候補者はこの選挙をいまどんな気持ちで闘っているか」をリアルタイムで伝えることはとても重要だったからだ。選挙は限られた時間内での激しい政治闘争だ。選挙運動は基本的には候補者のマニフェスト(政権公約)への支持に基づいて展開されるが、同時に候補者に対する親近感や感情移入がなければひとり一人の行動は動かない。候補者の時々刻々の息遣いこそが支援者の求める情報なのだ。だからこそ、茶の間でテレビを見ているうちにいつの間にか知人・友人のような感情を抱いてしまうタレントとは異なり、知名度ゼロの私にとってはインターネット上の日記は、支援者と候補者を直接結びつける数少ないツールだった。

  しかしいまは違う。私は京都市民のひとりだ。それ以上でそれ以下でもない。それでも少しアイデンティティを主張するとすれば、それは市長選挙で「広原マニフェスト」を支持して市民の6分の1近くの人が私に投票してくれたという歴史的事実、そして現在においても私が京都市政ウオッチャーでありまちづくり研究者の一人だということだ。市長選挙が終わっても京都市政の現実は従来といささかも変わらない。市内中心部においては景観破壊のマンション建設は止まらないし、郊外ニュータウンでも高層マンション建設の波は広がっている。同和利権も依然として「健在」だし、同和奨学金の返済を肩代わりする「自立促進援助金」2億2千万円の公金支出が今年度も決定された。両親がともに京都市職員であり年収千数百万円に達する同和地区の家庭に対して、「奨学金の返済が困難」との理由で地区全体に公金が支出されるのだ。

  このような事態は1市民としても到底看過できない。ひとり一人の市民が声を大にして批判し続けなければならない。そしてそのような主張を込めたメッセージがこの「つれづれ日記」なのである。本来、私の日々の活動は私的なものだ。しかしその中の多くは社会的な意味を持ってる。日々の私的な行動の中にある社会的含意を日記を通して表現したい。これが「つれづれ日記」の中に込めた私のコンセプトなのである。

  今日も「短く書こう」と思いながら、また長くなってしまった。今度も叱られること請け合いだ。