つれづれ日記
6月7日

  神戸市はいま空港建設問題で世論的にも財政的にもギリギリの瀬戸際に追い込まれている。30万人近い市民の条例請求署名運動を無視して強行したツケが全身に回ってきているのだ。「親亀こければ子亀もこける」という言葉があるが、神戸空港建設は市当局だけでなく市職労までが一体となって推進しているところが深刻なのだ。それだけに、この建設事業が破綻したときの各方面への影響や衝撃は計り知れない。庁内では「空港問題についてが絶対に批判させない」とのピリピリした空気に包まれているそうだ。そんな中でもホッとするような出来事があった。6月3日に「こうべまちづくりセンター」で開かれた「まちづくりアーカイブス研究会」である。

  この研究会の趣旨は、2005年が神戸市の「まちづくり30年、震災10年」という節目にあたるので、その記念事業の一環として過去のまちづくりの歴史的評価をこころみると同時に、関連資料の収集・保存を行うというものだ。当面取り上げられるのは、1960年代草創期の代表的なまちづくりとして位置づけられる「丸山」「真野」「板宿」「北野」の4地区だ。丸山地区は六甲山麓の無秩序な宅地開発を契機にして起こった生活環境整備を求める激しい住民運動、真野地区は「公害のデパート」といわれた住工混在地域での健康と生存をかけた住民運動、板宿地区は商店街を中心とする都市再開発事業に対しての住民の異議申立と計画変更要求運動、そして北野地区は異人街の洋館と街並みをまもる住民運動である。

  たまたま私は、この中の丸山地区と真野地区のまちづくり運動に当初から研究者としてかかわってきた。その経緯や内容については、共著『現代のまちづくりと地域社会の変革』(白石・富野・広原著、学芸出版社、2002年9月刊)の中でも紹介している。丸山地区は「日本最初の住民主体のまちづくり」として、真野地区は現在もなお継続している「日本最長のまちづくり」としてである。

  この日、アーカイブス研究会の第1回ヒアリング調査として丸山地区に関する私の証言が記録された。聞き手は、子ども世代に当たる若手研究者やコンサルタントの面々だ。彼・彼女らは、「まだ生まれていない」ころの話しを3時間近くにわたって熱心に聞いてくれた。質問の内容や回答への反応を通して、彼らが何に驚きかつ関心を持っているかがつぶさに感じ取れた。またそのことは、自分にとってもまちづくり研究を客観的に考える上で大変有意義だった。

  いま神戸市役所内では、当局と組合の一部幹部によって、私は「非国民」「A級戦犯」並みの評価を与えられているそうだ。なにしろ阪神・淡路大震災以来、神戸空港建設を含めて当局の復興都市計画事業を住民不在の「大ハコモノ計画」と批判し続け、市長選挙では助役出身の現職市長に対して市民派市長候補(元日銀神戸支店長)を応援したからである。だが、この日のヒアリング調査の雰囲気は違った。開発一辺倒の神戸市の中にも異なった価値観を持つ人材がまだ残っていて、それが若い世代にもそれが受け継がれていることを改めて発見したからだ。帰途の新快速電車の揺れが心地よかった。