つれづれ日記
6月2日

 昨日、上京区の妙蓮寺塔頭寺院・円常院を男性の龍谷大学大学院生とともに訪ねた。ホームページの「リレーインタビュー」の第1弾として、佐野充照住職にインタビューするためだ。「
大宮通寺ノ内東入」という地名が示すように、妙蓮寺は文字通り西陣のど真ん中にある。周辺一帯は西陣織の問屋、生糸卸商、染屋などが並んでいるが、しかし機織りの音はもうほとんど聞こえてこない。織工場が廃業したり、丹後地方や東南アジアに広く分散しているためだ。妙蓮寺はさすが創立700年を超える日蓮法華宗の名刹であるだけに、山門や方丈も堂々たるものである。そして広大な境内を囲むように塔頭が並んでいる。詳しい話しは7月上旬掲載予定のインタビュー記事(晴山君担当)に譲るとして、ここでは当日の印象についてだけ記そう。

 佐野充照(さのみつてる)氏は現在50歳、頭を布で巻き、着物を仕立てなおした赤い絵柄のシャツを羽織ったモダンなお坊さまだ。耳にはピアスも光っている。一見すると、どこかのバーや喫茶店のマスターといった感じで、年齢も40歳そこそこの若さに見える。身のこなしも軽いし、愛車もホンダのピンク色の車という懲りようだ。当初、インタビューの場所は自坊と約束していたが、訪ねてみると三味線の音が聞こえてきて妙齢の女性が出入りしている。友人の長唄師匠に練習場として自坊を貸しているのだそうだ。三味線の音が録音の邪魔になるかも知れないというので、近くの「町家倶楽部」の事務所に避難した。佐野氏はここの代表を務めている。

 町家倶楽部(正式には町家倶楽部ネットワーク)とは、一口でいえば「京町家の仲人」といったところらしい。名刺には「人と人、人とまち、人とモノ、地域を結ぶネットワーク」とある。京町家を工房・住居・店舗等に活用したいアーチストたちと家主を結んだ仲介システムを立ち上げ、その実践を通して相互の人間性と地域社会をゆたかにしていくのが目的だ。この活動の前身(ネットワーク西陣)がスタートしたのは、バブル経済が崩壊し、西陣の織物産業が空前の不況の下で次々と倒産していた1995年11月である。当時の西陣では産業空洞化につれてあちこちで空工場、空家が目立つようになり、それらが放置されて荒れるがままになっていたという。この状況を打開する切っ掛けになったのは、佐野氏の友人の写真家・小針剛氏が西陣に移住してきて、廃屋を自宅兼スタジオ兼骨董品屋として見違えるばかりの「アンチーク空間」に改装してからのことだった。

 いかなる質問にも明晰に答えてくれる佐野氏の態度には些かの気負いもない。自然体そのものだ。それでいて、そこで語られている内容の濃さと水準の高さには驚かずにはいられない。また話しが興に乗るにつれて、眼の光がだんだん優しくなっていくのも印象的だった。途中から飛入り参加してくれた小針氏(町家倶楽部事務局長)の話しも含めてインタビューは終わった。高い志しと精神的なゆたかさを持った人間だけが発することのできる「オーラ」を全身に浴びて、人間のもつ魅力の奥行きの深さを思い知らされた一日だった。