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5月10日
かたやアメリカでは、米軍によるイラク人捕虜の虐待事件の発覚とラムズフェルド国防長官の上院公聴会の喚問、そして日本では年金未納問題の政局化と福田官房長官の辞任と、スケールは違うが、この数日間は日米両国で政権の中枢を揺るがす大事件が相次いでいる。しかし事件の広がりと展開があまりにも速いので情勢についていけず、定期講読紙だけではなく各紙全てに目を通してやっと輪郭がつかめるぐらいだ。
まして普通のサラリーマンや役所勤めの人たちはいまの私のような時間的余裕はなさそうだから、主な情報源は帰宅してからの新聞の見出しとテレビニュース程度にならざるを得ないだろう。また学生も家庭の主婦も最近は新聞を読む人の数が急減しているといわれる。それに新聞代が馬鹿にならないので、複数の新聞を併読する家庭が大幅に減っているそうだ。だからこれだけ情報が溢れている社会でありながら、情報源はますます特定のニュースソースに偏っていく傾向が深まっているのである。
そんなわけで最近テレビの番組に注目するようになった。遅まきながらテレビの影響力の大きさに気づかせられたからだ。率直にいって、これまで私は「昼間のワイドショー」なる番組に対して好感を持っていなかった。というよりは、かなり深い偏見を抱いていたのである。ところが最近のニュースショーを見ていると、意外なことに(テレビ局には申しわけないが)、その時々の政治・経済・社会問題を手際よく解説してくれるので案外に分かりやすい。これではテレビ視聴者が感覚的で新聞読者が分析的だとは到底いえない。
さらに衛星放送の各国ニュースは得難い情報源だ。アメリカの事件をアメリカの放送局がどう報道するかがわかるだけではない。アメリカの事件を各国がどう伝えているかが重要なのだ。日本の事件(例えば、イラク人質問題など)についても同様だ。一つの事件であっても異なるメディアを通して比較すると、限られた情報源では分からない事件の本質が見えてくる。マスコミが世論を支配しているように見えても、いろんなメディアにアクセスすれば、それなりに真実は現れてくる。「マスコミ時代」は同時に「マルチメディア時代」であり「インターネット時代」であることを痛感する毎日だ。 |
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